
監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
昨今では企業のコンプライアンスに対する関心が高まっています。それは従業員の不祥事についても例外ではありません。では、実際に従業員が不祥事を行っていたことが判明した場合にはどうすればよいのでしょうか。企業側の対応の流れを解説します。
目次
従業員の不祥事にはどのようなものがある?
従業員の不祥事は、大きく民事事件と刑事事件に分けられます。
民事事件の具体例
- 上司が部下に過度な叱責や、嫌がらせなどのパワハラを行った
- 上司が部下にセクハラをした
- 企業公式SNSで不適切な投稿をしてしまい、会社の評判が下がった
- 情報管理が杜撰だったため、顧客の個人情報を流出させてしまった
刑事事件の具体例
- 社内にある他の従業員の貴重品を盗んだ
- 会社の金銭・物品を横領した
- 同僚を殴って怪我を負わせた
- 同僚に対して不同意性交・不同意わいせつを行った
従業員の不祥事が発覚した場合の対応と流れ
従業員の不祥事が発覚した場合、会社としては、どのような対応をすればいいのでしょうか。以下のような対応が考えられます。
①事実関係の調査
従業員の不祥事があったと知った場合、まず必要なことは情報収集です。従業員がどのような不祥事を行ったのか、その内容を確認します。例えば、会社の金品を横領したのか、酒に酔って他人に暴力を振るったのか、会社の部下にセクハラやパワハラをしたのかなどを確認する必要があります。
また、業務中に引き起こした事件か、業務とは関連のない私生活上の行為による事件かなども確認しましょう。
業務中に引き起こした事件で被害者の方が損害を被った場合など、事件の内容によっては使用者責任(民法715条1項)が発生し、会社も被害者に対して損害賠償義務を負う可能性があるため、事件の概要の把握は非常に重要です。
なお、報道や人を通じた連絡の場合、事実とは異なる可能性もあり、事件について認めているのか、認めていないのかなど、本人の意向を確認することも重要です。
また、刑事事件の場合、逮捕されたというだけでその人が事件の真犯人であると断定してはいけません。逮捕後に嫌疑不十分で釈放となるケースや冤罪であったというケースも少なくないためです。
②関係者への対応や情報開示
不祥事対応にあたっては、株主・取引先・債権者などの利害関係者に対する情報開示を適切に行うことも重要です。不祥事対応を適切に行うとともに、その対応状況を適切な形で発信する事により、会社の信用失墜を防止できる可能性があります。
事実関係を把握した段階、不祥事対応の方針を定めた段階、実際に具体的な対応を行った段階など、各段階で適時に必要な情報開示を行いましょう。
公式文書などで一斉に公表するだけでなく、重要な関係者に対しては個別に連絡することも考えられます。
③被害者への対応
不祥事が会社の業務に関連して発生し、被害者に被害を生じさせた場合は、被害者への対応も検討する必要があります。被害者の人数や被害金額などの被害状況を把握したうえで、会社に非があれば謝罪を尽くしたうえで、被害者の損害を補填するべきです。特に、会社の使用者責任(民法第715条第1項)が発生する場合には、法律上の損害賠償責任が発生しますから、示談交渉を通じた解決を試み、裁判沙汰になることを避けることが肝要です。弁護士を代理人として、慎重に示談交渉を進めましょう。
④従業員に対する処分
従業員に対する処分としては、懲戒処分、損害賠償請求、刑事告訴が考えられます。それぞれについて、次の各号で解説していきます。
懲戒処分
不祥事を働いた従業員を懲戒するためには、会社の就業規則において懲戒事由が存在しているかを確認する必要があります。このとき、行いたい懲戒処分を行うための懲戒事由として、当該不祥事に定められている必要があります。例えば、顧客の個人情報を流出させてしまったことは減給をするための懲戒事由として定められているけど、解雇事由としては定められていないという場合に、個人情報を流出させてしまったからと言って懲戒解雇をすることはできません。
また、就業規則において懲戒事由が存在しているとして、従業員の行為が懲戒事由に該当するかどうかが問題となります。そもそも、従業員の行為が懲戒事由に該当しない場合、その従業員を懲戒することはできません。
また、従業員を懲戒解雇する場合には、懲戒解雇の手続も問題となります。適正な手続によって懲戒解雇をしないと、懲戒解雇自体が無効となる可能性があるからです。
損害賠償請求
従業員の不祥事によって会社に損害が生じた場合、会社としては、民事上の責任追及手段として、従業員に対し損害賠償請求をすることも考えられます。損害賠償請求権従業員に対して損害賠償請求をする場合、次のような問題点があります。
・給与から天引きすることは認められるか?
給与は、労基法24条1項により、全額支給しなければなりませんが、当該従業員の同意があれば、従業員の給与から天引きすること、すなわち、損害賠償請求権と給与とを相殺することが可能となります。
・身元保証人に損害賠償請求しても良いのか?
従業員が不祥事によって生じた損害を賠償しない場合に、従業員の親族等の身元保証人にその賠償を求めることが考えられます。
その際、身元保証人から、「従業員の行為により会社に損害を与えた場合には、身元保証人も責任を負うものとする。」等の記載がある身元保証書を作成しておくと良いでしょう。
また、身元保証契約は有効期間が法律で定められています。
身元保証の契約期間を定めなかったときには3年、契約期間を定めても最大5年までとされています。雇用の際に身元保証契約を結んだ場合、雇い入れから5年以上経っていると請求できませんのでご注意ください。
刑事告訴
従業員の不祥事が悪質な場合には、被害を受けた会社として刑事告訴を行うという方法もあります。
刑事告訴する場合は、警察に被害届を提出、あるいは告訴状を提出することが必要です。被害届の提出だけでは捜査義務は生じませんが、告訴状が受理されれば、警察や検察官が捜査を進めてくれるため、刑事罰を科したいなら刑事告訴を検討しましょう。
もっとも、刑事事件として捜査が行われるとマスコミ等で報道され、会社の社会的信用が低下するリスクもありますので、慎重に判断すべきです。
⑤再発防止策の策定
従業員の不祥事は、会社にも大きな損害を与えます。そのため、不祥事が発生した場合には、再発防止策を適切に講じることも大切です。当該不祥事の原因を特定し、その原因除去に努めましょう。また、実際に再発防止策を講じ、その取り組みを対外的に発信すれば、会社の信用回復にもつながります。再発防止策を検討する際には、弁護士などによる第三者委員会を組織して外部の客観的な意見を聞くことや、報道機関に対する適切な発表を行うことなども効果的です。
また、就業規則の見直しや管理体制の強化も検討しましょう。従業員にも、不祥事を起こした場合、どのような事態になってしまうのか、真剣に考えてもらうきっかけになります。
従業員が不祥事で逮捕された場合の対応
従業員が逮捕された際には、事実関係の確認を行った後で、主として従業員の人事上の処遇や、従業員の身体拘束により生じる業務への影響を調整することになります。特に、従業員が逮捕されたので懲戒処分をしたものの実は冤罪であったという事態は絶対に避けなければなりませんし、不祥事が比較的軽微であった場合でも、懲戒処分などの重い処分を下すことが不適切な場合もありますので、慎重な判断が必要です。
従業員の不祥事を未然に防ぐには
従業員の不祥事を未然に防ぐには、内部通報窓口を設置する、不祥事対応についてのマニュアルを作成する、役員の研修制度や第三者機関による監査制度を設ける、顧問弁護士に依頼してリーガルチェックをしてもらう、という手段が考えられます。
従業員の不祥事に関する裁判例
従業員の不祥事に関する裁判例として、逮捕された従業員に対して懲戒解雇を行うことの有効性が問題となった事件をご紹介します。
事件の概要(昭44(オ)204号・昭和45年7月28日・最高裁判決・上告審・横浜ゴム事件)
ゴム製品の製造販売等を営む会社であるYに雇用され、Yのタイヤ工場製造課に作業員として勤務していたXは、ある日の午後11時20分頃、他人の住居に正当な理由なく入り込んだため、住居侵入罪(刑法130条)により罰金2500円(1965年(昭和40年)当時)に処されました。
そこでYは、Xが、Yの就業員賞罰規則16条8号に定める懲戒解雇事由である「不正不義の行為を犯し、会社の対面を著しく汚した者」にXが該当するとして、Xを懲戒解雇しました。
これに対してXは、当該解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の請求をしました。
裁判所の判断
裁判所は、Xの行為は、その犯行の時刻、態様によれば、恥ずべき性質の事柄であって、当時Yにおいて、企業運営の刷新を図るため、従業員に対し、職場諸規則の厳守、信賞必罰の趣旨を強調していたにもかかわらず、Xの犯行が行われ、Xの逮捕の事実が数日も経たないうちに、噂となって広まったことを考えると、Yが、Xの責任を軽視することができないとして懲戒解雇の措置に出たことに、無理からぬ点がないではないと、Yによる処分に対して一応の理解を示しました。
しかし、Yの従業員賞罰規則の規定の趣旨を考えると、問題となるXの犯罪行為は、会社の組織、業務等に関係のない、いわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2500円の程度にとどまったこと、YにおけるXの職務上の地位も、蒸熱作業担当の工員であり、指導者的な立場でないことなどの諸事情を勘案すれば、Xの行為が、Yの「対面を著しく汚した」とまで評価することは、相当ではないと判断しました。
ポイント・解説
私生活上の行為については、判例上、懲戒事由に該当するか否かについて厳格に判断されているところ、上記判決においても、Xを解雇したYの判断は理解できないことはないが、問題となるXの行為が会社の組織、業務等に関係のない私生活の範囲内の行為であること、刑罰が軽微であったこと、XのY内での地位が高くないことが考慮され、Xの行為は、「会社の対面を著しく汚した」とはいえない、つまり懲戒事由に該当しないとの判断がなされています。
以上の判例からすると、従業員が逮捕された上、当該従業員に対して有罪判決が下され、それが確定した場合であっても、当該従業員の行為が、私生活上の行為であって、刑罰が軽いものである上、さらに、当該従業員の地位が高くないといった事情がある場合には、有罪判決後に懲戒処分を下したとしても、無効となる可能性があります。
そのため、逮捕された従業員について懲戒処分を下す際、特に懲戒解雇をする場合には、事案を十分に検討した上で、判断を下すべきであると考えられます。
従業員の不祥事への対応は弁護士法人ALGにご相談下さい
従業員が不祥事を起こした場合、不祥事について企業名とともにマスコミで報道されてしまえば、企業への影響は計り知れないため、迅速かつ慎重に対応する必要があります。 もっとも、従業員の不祥事が起こる確率は高くありません。
また、従業員が逮捕された場合などの非常事態に、企業のみで適切な対応を取ることは容易ではないため、社内だけで解決しようとすると、対応が遅れたり、対応を誤ってしまうこともあります。
従業員の処遇についても、対応を誤れば、不当解雇として無効と判断されたり、その結果、従業員が現実に就労していない部分についても賃金を支払わなければならなくなる等の不利益が生じるおそれがあります。
そのため、従業員の不祥事が発生したときは、弁護士等の専門家へ相談することをおすすめします。
-
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)
来所・zoom相談初回1時間無料
企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)