監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
有職者(サラリーマン、会社役員、自営業者)が事故に遭い、仕事が十分にできなくなるほどの後遺症が残った場合、逸失利益という損害が認められます。逸失利益とは、事故による後遺障害や死亡が原因で、将来にわたり得られなくなった金銭などの利益のことをいいます。
専業主婦・兼業主婦が交通事故に遭い、家事の全部又は一部ができなくなった場合、逸失利益は認められるのでしょうか。主婦は、家事をして収入を得ているわけではありません。「対価をもらわず家事をしている主婦に逸失利益が認められるのか」という点はじめ、主婦の逸失利益について、本項で解説します。
目次
主婦の逸失利益は認められるのか
最高裁判所は、「対価をもらわず家事をしている主婦に逸失利益が認められるのか」という争点について、次のような判断を示し、主婦の逸失利益を認めました(最判昭和49年7月19日最高裁判所民事判例集28巻5号872頁)。
要するに、「主婦は、本来なら対価をもらえる仕事をしているといえ、家事労働には財産的な価値がある」という考え方を示したものです。
『結婚して家事に専念する妻は、その従事する家事労働によつて現実に金銭収入を得ることはないが、家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げているのである。一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情によるものというべきであるから、対価が支払われないことを理由として、妻の家事労働が財産上の利益を生じないということはできない。』
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主婦・主夫の逸失利益の計算方法
上記最高裁判例では、『現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である。』との考え方が示されました。つまり、女性労働者の平均賃金額を基に、逸失利益が算定されるのが原則です。
専業主婦の場合
逸失利益には、被害者に後遺障害が残った場合の逸失利益(後遺障害逸失利益)と、被害者が死亡した場合の逸失利益(死亡逸失利益)があります。
専業主婦の場合の逸失利益は、次のような計算式が用いられるのが一般です。
◆計算式:後遺障害逸失利益
逸失利益=(基礎収入)×(労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)
◆計算式:死亡逸失利益
逸失利益=(基礎収入)×(1-生活費控除率)×(症状固定時から67歳までの期間に対応したライプニッツ係数)
なお、上記計算式において、「67歳までの期間に対応したライプニッツ係数」が用いられるのは、実務上、「就労可能年齢が67歳までだ」とされているためです。
もっとも、この「67歳」という数字は、上記の計算式の考え方が採用され始めた当時(1975年)の男子平均余命が67歳だったことが原因です。実務が変更になる予兆はないですが、「就労可能年を67歳としてよいのか」慎重な検討が必要です。
専業主夫の場合の基礎収入はどうなる?
専業主夫の基礎収入には、専業主婦と同様に、賃金センサスの女性労働者の平均賃金額を利用します。女性の家事従事者との平等の観点からです。
兼業主婦の場合
兼業主婦の場合でも、逸失利益の計算式自体は専業主婦の場合と同じです。
両者の違いが表れるのは、基礎収入の部分です。専業主婦の場合には、女性労働者の平均賃金額と、実収入を比較し、より高額である方を基礎収入として計算することになります。兼業主婦の場合には、実収入が女性労働者の平均賃金額よりも多いかを確認することが重要です。
基礎収入には家事労働分が加算されないの?
兼業主婦の基礎収入は、実収入または女性労働者の平均賃金額(家事労働分)のいずれかであって、実収入に家事労働分を加算することは認められていません。裁判所がこのように考えているのは、仮に実収入と家事労働分の合算を認めてしまうと、将来の労働によって取得しうる利益を二重に評価することになってしまい、相当ではないためです。
高齢主婦の場合
高齢の主婦の場合でも、逸失利益の計算式自体は専業主婦の場合と同じです。
ただし、同居家族がいない場合には、「家族のための家事=対価をもらえるはずのところを、家族だからもらっていないだけだ」という考え方が妥当しません。家事は自分自身のために行っていると考えられて、家事労働について経済的評価を受けられず、逸失利益が認められない可能性が高いです(例外的な事例として、東京高判平成15年10月30日判時18476号20頁など)。
また、高齢主婦の場合は、全年齢平均ではなく、より低額の年齢別平均の賃金センサスを用いるべきと判断される可能性もあります。
逸失利益の計算式では、労働能力喪失期間を67歳までで区切っています。そのため、被害者が67歳を超えていたり、67歳に近かったりすると、労働能力喪失期間の調整を行うことが多いです。
具体的には、67歳を超える場合には、簡易生命表の平均余命の2分の1を労働能力喪失期間として計算します。67歳に近い場合には、67歳までの期間と、平均余命の2分の1のいずれか長い期間を労働能力喪失期間として計算することが多いです。
労働能力喪失率
労働能力喪失率は、後遺障害によって、どの程度労働に支障が生じるかを示した数値です。後遺障害の等級に応じて、5%から100%までの幅があります。
裁判では、職業内容や生活状況によって労働能力喪失率が増減することもありますが、交渉、裁判の双方において、労働基準局長通牒昭32.7.2 基発第551号「労働能力喪失率表」が基準とされることが多いです。
労働能力喪失期間とライプニッツ係数
労働能力の喪失期間とは、労働能力が失われる期間を言います。基本的には、症状固定日(被害者が生存して後遺障害が残った場合)または死亡日(被害者が死亡した場合)から67歳までの期間が、労働能力喪失期間となります。
また、逸失利益は、「将来下がるはずの収入(減収分)を、現時点で賠償してもらう」というものです。1年後の100万円の減収分、2年後の100万円の減収分、…、〇年後の100万円の減収分を、先にもらう、というものです。将来の減収分について賠償してもらうとき、法定利率による引き直し計算(将来の金銭の、現在価値への換算)が必要となります。この計算に用いるのが、ライプニッツ係数です。
生活費控除について
被害者が生存していた場合、得られるはずだった利益は、被害者の収入から生活費を引いた金額となります。そこで、死亡逸失利益を計算する場合には、生活費が控除されることとなります。具体的な生活費の金額を算出するのは難しいため、生活費控除率という数値を用いて、割合的に生活費相当額を差し引きます。主婦の場合の生活費控除率は、下表のとおり30%です。
一家の支柱の場合かつ被扶養者1人の場合 | 40% |
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一家の支柱の場合かつ被扶養者2人以上の場合 | 30% |
女性(主婦、独身、幼児等を含む)の場合 | 30% |
男性(独身、幼児等を含む)の場合 | 50% |
主婦の逸失利益についてご不明点があれば弁護士にご相談ください
主婦の逸失利益は、「基礎収入を計算式にあてはめて終わり」といった簡単なものではありません。正確な法的知識を前提に、「どのような症状で、家事労働にどのような支障が生じたのか」具体的に立証することが必要となる場合もあります。正確な法的知識を基に、正確な立証するため、専門家である弁護士にご相談いただくことをお勧めします。