監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
交通事故に遭ってしまったら、乗っていた車が壊れたり、ご自身や同乗者の方が怪我をしたり、時には亡くなってしまったりする等、様々な損害が発生します。しかし、泣き寝入りすることはありません。加害者に対して、こうした損害を埋め合わせるよう請求できます。
注意しなければならないのは、損害の費目と算定方法が多種多様なことです。費目そのものの請求が漏れてしまったり、請求はしたけれども金額算定が誤っていたりすると大変です。
本記事では、交通事故における損害賠償について、その対象となるもの、損害の評価や減額される事情、請求の流れ、加害者が支払えない場合の対処法など、欠かせない知識をご紹介します。
目次
交通事故の損害賠償とは
交通事故の損害賠償とは、事故と相当因果関係のある損害を意味します(民法709条、自賠法3条1項)。「事故被害にあったから〇〇に××円支払った」という場合であっても、必ず××円の損害が認められるわけではありません。どのような費目について、どのような計算方法により損害賠償が得られるのか、慎重な検討が必要です。
慰謝料との違い
交通事故の被害にあうと慰謝料が請求できるとお考えの方も多いですが、必ずしもそうではありません。入通院を要する怪我が発生していない、いわゆる物件事故の場合、基本的に、慰謝料は発生しません。
慰謝料は、人身事故の場合の損害費目に含まれますが、損害費目はこれが全てではありません。
損害賠償の対象になるもの
交通事故、特に人の生命・身体が害される人身事故で請求できる損害賠償の項目は、大まかに「精神的損害」と「財産的損害」に区別できます。そして、「財産的損害」はさらに「積極損害」と「消極損害」に分けられます。
精神的損害
「精神的損害」とは、交通事故によって受けた精神的な苦痛のことです。例えば、怪我の痛みや後遺障害が残った苦しみ、被害者が亡くなってしまったことによる悲しみなどが考えられます。こうした精神的損害の賠償として支払われるお金が「慰謝料」です。 慰謝料には、次の3つの種類があります。
〇入通院慰謝料
交通事故を原因とする怪我の入通院に伴う、精神的な苦痛の賠償として支払われるお金です。
〇後遺障害慰謝料
事故により後遺障害が残ってしまったという、精神的な苦痛の賠償として支払われるお金です。
〇死亡慰謝料
事故に遭った被害者が亡くなってしまったことで生じた、精神的な苦痛の賠償として支払われるお金です。
財産的損害
「財産的損害」とは、交通事故により失われた財産上の利益のことです。「積極損害」と「消極損害」の2種類に分けることができます。
どちらも耳慣れない言葉なので、具体的にどのような損害かイメージがつきにくいのではないでしょうか。例えばどんなものが含まれるのか、細かくみていきましょう。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
極損害にあたる費目
財産的損害のうち「積極損害」とは、交通事故によって実際に支払うことになった、または将来的に支払わなければならないお金をいいます。次のような損害が積極損害にあたります。
〇治療関連費
交通事故が原因で負った怪我を治療するためにかかったもろもろのお金です。純粋な治療費のほか、入院費用、検査代、投薬料、付添看護費、診断書などの文書料、治療器具代、入院雑費、通院交通費といった、治療に関連してかかる費用もまとめて請求できます。
〇将来の介護費
事故の被害者に重い後遺障害が残ってしまい、将来にわたって介護が必要になってしまった場合に請求できる、介護をするうえで必要になるお金です。
〇家屋・車両改造費
事故により後遺障害が残ってしまい、日常生活を送るうえで家や車をバリアフリー化する際に必要になったお金です。
〇葬儀関係費
事故の被害者が亡くなってしまった場合に行う、葬儀にかかるもろもろのお金です。葬儀費用や仏壇・仏具の購入費、墓石積立費、お布施、お花代などが含まれます。
〇弁護士費用
交通事故による損害賠償を請求するにあたって、弁護士に相談・依頼した際にかかる費用です。注意を要するのは、実際に支払った弁護士費用そのものが請求できるわけではないということです。裁判例では、弁護士費用以外の損害賠償額の1割を弁護士費用として認めていることが多いです。弁護士費用特約を利用し、被害者側の自己負担がなかった場合でも、弁護士費用が損害として認められることが一般です。
裁判例では、損害費目として認められることが多い弁護士費用ですが、交渉において、相手方保険会社は、弁護士費用の支払いに応じないことが多いです。民事訴訟を提起して、和解又は判決により、弁護士費用の支払いが得られるということが多いです。
消極損害にあたる費目
「消極損害」とは、財産的損害のうち、交通事故さえなければ得られたはずの収入や利益といったお金をいいます。 消極損害には「休業損害」と「逸失利益」があります。
休業損害
「休業損害」とは、交通事故が原因で働けなくなり、減ってしまった収入や利益のことです。
典型的には、サラリーマン(給与所得者)が仕事を休み、その分給料が減った場合です。
給与所得者の他、自営業者、主婦の場合でも、休業損害が認められることがあります。また、事故の時点で無職であった場合でも、就労の蓋然性が高度な場合(例:事故の〇日後から就労するような採用内定を得ていた場合等)には、休業損害が認められることがあります。
休業損害は、一般的に“1日あたりの損害額”(基礎収入)に“仕事を休んだ日数”(休業日数)をかけて計算します。
被害者の属性(給与所得者か、自営業者か、会社役員か、専業(兼業)主婦か、失業者か、年金生活者か等)によって、基礎収入の算定方法が異なってきます。例えば、会社役員の場合で、事故により休業をしていても減収がないことがあります。このような場合、休業損害が発生しているのかどうから検討を要します(会社の損害(反射損害)と評価されることも多いです。)。
また、負傷の程度、休業の必要性等から、基礎収入×休業日数から算定される金額の全額が認められないこともあります。このような場合、休業が必要な割合(就労制限割合)を算定し、就労制限割合を掛けて休業損害を算定することが多いです。
逸失利益
「逸失利益」とは、交通事故に遭わなければ得られていたはずの収入や利益といったお金のことです。収入・利益が減った原因によって、次の2種類に分けることができます。
〇後遺障害逸失利益
交通事故による後遺障害が残ってしまった影響で減ってしまったお金です。
「1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数」という計算式で、逸失利益総額の現在価値求めることができます。
なお、後遺障害が重篤な場合には、上記のような一時金(一括払い)方式ではなく、年〇円の支払いというような定期金賠償を求めることもあります。
一時金賠償によるべきか、定期金賠償によるべきか、加害者や加害者側の保険会社の資力、後遺障害の程度や被害者の生存可能性等により一長一短あります。慎重に検討するようにしましょう。
〇死亡逸失利益
交通事故により被害者が亡くなってしまった影響で減ってしまったお金です。
こちらは、「1年あたりの基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応したライプニッツ係数」という計算式で求められます。
ライプニッツ係数とは、将来の損害を現在の価値に引き直し計算をするための定数です。例えば、1年あたりの減収が100万円、5年間減収が生じた場合、減収額(逸失利益)は、100万円×5=500万円ではなく、100万円×4.5797=4,579,700円となります(年利3%計算)。
この計算方法は、現在の100万円と1年後の100万円は価値が異なるということを根拠としています。現在の100万円を1年間銀行に預けると、利息が付き、100万円+〇円(利息)が入ります。この〇円の利息が付いたお金を、現在価値に引き直す計算を要しますが、比較的複雑です(表計算ソフトウェアでは、関数が設けられていることが多いです。)。ライプニッツ係数は、この引渡し計算を簡略化し、「年間○円、×年分の引き直し計算の合計額」を簡易に算定するための指数です。
物損事故における損害賠償について
物損事故は、物にだけ被害が及ぶ事故なので、基本的に財産的損害しか認められません。
認められる損害の項目としては、
- 壊れた物の修理費・格落ち損(評価損)
- 代車料
- 買替差額
- 新車の登録手続き関係費
- 休車損害
などがあります。
一方、精神的損害に対する賠償である、慰謝料は認められないのが通常です。
なぜなら、誰も怪我をしない物損事故では肉体的苦痛は発生しませんし、精神的苦痛についても、財産損害を賠償すれば癒されるだろうと考えられているからです。
損害賠償額に相場はある?
交通事故の損害賠償額について、一般的な相場を紹介するのは困難です。交通事故はひとつとして同じ状況のものはないので、それぞれの事案によって損害賠償額の求め方や金額が違ってくるからです。
ただし、損害賠償金の種類によっては相場があるので、損害賠償額の目安を示すことができる場合もあります。
使用する算定基準によっても損害賠償額は大きく変わる
損害賠償を計算する際には、3つある算定基準のうち、どれか1つを使います。使用する算定基準によって、損害賠償額は大きく変わります。
一般的に「自賠責基準 < 任意保険基準 < 弁護士基準」の順に、算定される金額が高額になる傾向にあります。それぞれの基準の特徴は次のとおりです。
〇自賠責基準
自動車を所有している人すべてが加入しなければならない、自賠責保険で使用されている基準です。
〇任意保険基準
自賠責保険で補償しきれない損害の賠償を目的としている、任意保険で使用されている基準です。
任意保険を提供する保険会社ごとに指標が異なるので、注意が必要です。
〇弁護士基準
過去の交通事故に関する裁判例を参考に作成された基準です。主に裁判所や弁護士が使用します。
ただし、自賠責基準は、被害者に過失があったとしても、その割合が7割未満の場合、過失相殺されないという取り扱いになっています。被害者の過失の程度によっては、自賠責基準の方が高いことがありますので、自賠責基準を下回るような損害賠償請求をしないように注意が必要です。
損害賠償請求の流れ
交通事故で損害を受けたら、次のような流れで加害者に対して損害賠償を請求します。
①相手方本人と、相手方が加入する保険会社を確認する
②-1物損のみ:損害額確定後、示談交渉を開始する
②-2人身事故:完治または症状固定の診断がなされるまで治療を継続する
③-1完治した場合:示談交渉を開始する
③-2症状固定した場合:後遺障害等級認定を申請し、その結果をもって示談交渉を開始する
自賠責保険に請求する方法
自賠責保険に損害賠償を請求する方法は、“誰が”請求するかによって「被害者請求」と「加害者請求」の2通りに分けられます。
〇被害者請求
加害者側の自賠責保険会社に対して、被害者本人(または代理人の弁護士)が損害賠償金を支払うよう請求する方法です。つまり、被害者側が請求します。
〇加害者請求
加害者が被害者に損害賠償金を支払った後、支払った金額分の保険金を自分に支払うよう、加入している自賠責保険会社に請求する方法です。被害者請求とは違い、加害者側が自分の自賠責保険会社に請求することになります。なお、加害者請求は、加害者本人が行う場合と、加害者が付保している任意保険会社が行う場合があります。後者の場合、任意保険会社が、いわゆる一括対応により、被害者側に損害の一部を支払った後、任意保険会社から自賠責保険へ請求するという流れになります。
損害賠償請求に時効はある?
損害賠償を請求する権利も時効にかかるので、請求できる期間は限られています。ただし、事故の状況によって時効にかかるまでの期間が異なります。
【物損事故】〇事故日から3年
【人身事故】
〇後遺症がないケース:事故日から5年
〇後遺症が残ったケース:症状固定日から5年
〇被害者が亡くなったケース:死亡日から5年
※加害者がわからないケース:事故日から20年
後になって加害者がわかった場合は、加害者がわかった日から3年(物損事故)または5年(人身事故)
なお、上記の記載は、いわゆる債権法改正(平成29年法律第44号による改正)後の民法の規定です。改正前・改正後のどちらが適用されるか、必ず確認するようにしましょう。
※参考 https://www.moj.go.jp/content/001399955.pdf
損害賠償額の減額要素
損害賠償を請求しても、計算したとおりの金額を満額支払ってもらえるとは限りません。例えば、「過失相殺」や「素因減額」を行うべき事情があれば、損害賠償金は減額されてしまいます。
過失相殺
「過失相殺」とは、損害の発生又は拡大について、被害者に過失がある場合に、その責任の重さ(過失割合)に応じて、支払ってもらえる損害賠償金を減額することです。
加害者に追突されたケースやセンターラインをオーバーしてきた加害者に衝突されたケースなどのもらい事故でもない限り、原則として、被害者にも過失割合が認められます。そのため、過失相殺によって損害賠償金が減額されることは珍しくありません。
素因減額
「素因減額」とは、被害者の特殊な体質や身体的・精神的な要因によって、事故による損害が発生した、または拡大したといえる場合に、その要因(素因)を考慮して損害賠償金を減額することです。
例えば、脊柱管狭窄症の持病のある被害者が、事故により非骨傷性脊髄損傷になった場合、非骨傷性脊髄損傷の発症に脊柱管狭窄症が影響したとして、損害額から一定割合を減額した裁判例もあります。
これに対して、疾患といえる程度でない限り、素因減額すべきでないと判断した裁判例があります。つまり、平均的な体格・体質から多少外れていても、すぐに素因減額が行われるわけではありません。
加害者が損害賠償を払えない場合
交通事故の場合、加害者付保の任意保険から支払いを受けられることが多いです。
検討を要するのは、加害者が任意保険、自賠責保険に加入しておらず、損害の全部または一部を支払えない場合です。
加害者が損害賠償金を支払えないといっても、その理由によってとるべき対応が異なります。
加害者が自賠責保険に加入している場合には、自賠責保険から損害の全部又は一部を回収した後、残額を加害者に請求することが多いです。
そして、加害者に支払う意思があるものの十分な収入や財産がなく支払えない場合には、分割払い等の提案をしてみるのもあり得るかと思います。
加害者の個人負担となる場合には、確実に回収できるようにするため、判決、和解調書、調停調書等の債務名義を得ておくことをおすすめします。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
弁護士に依頼することによって適正な損害賠償を受け取れる可能性が高まります
交通事故の損害賠償は、非常に奥深い分野です。弁護士の専門知識がなければ、認められる費目、金額、立証に必要な資料等、正確な見通しを立てることができません。また、弁護士が代理人として就かなければ一定額以上は払わないという保険会社の運用も感じるところです。
弁護士に依頼すれば、適正な損害賠償を受け取れる可能性が高まりますので、ぜひお気軽にお電話ください。専門家が丁寧に対応させていただきます。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)