監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
遺産に土地や建物といった不動産があると、これを相続するのか否かの選択に迫られます。容易に売却できる不動産もあれば、山林や農地、廃屋が残された土地など容易に売却できないどころか、無償でも引き取ってもらえないものもあります。
本記事では、遺産に不動産がある場合における注意点などをご紹介します。
目次
土地や建物などの不動産は相続放棄できるのか?
相続放棄の効力について、「相続放棄をした者は、その相続に関して、初めから相続人とならなかったものとみなす。」(民法939条)と規定されています。相続放棄は、特定の土地や建物だけを放棄できるのではなく、そもそも相続人でなかったとみなすものであって、仮に今にも崩れ落ちそうな建物やがけ崩れを起こしそうな山林が遺産にあったとしても、相続放棄をすること自体は認められます。
相続放棄せずに土地を所有し続けるリスクとは?
相続が発生(被相続人が死亡)した場合、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純若しくは限定承認又は放棄をしなければなりません(民法915条1項)。そして、3か月以内に限定承認又は相続の放棄をしなかったときは、単純承認したものとみなされます(民法921条2号)。
当然、不動産の所有者(相続人が複数いる場合は、共有持分権者)となりますので、所有権者としての義務が生じます。
固定資産税を支払わなければならない
あたりまえのことですが、土地所有者には、固定資産税の納税義務があります。
空き家問題と固定資産税について
近年、空家の増加がとまらず、適切な管理が行われていない空家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしており、地域住民の生命・身体・財産の保護、生活環境の保全、空家等の活用を促進するために、平成26年、空家等対策の推認に関する特別措置法(空家等対策特別措置法)が制定されました。同法によって特定空家に指定されると、行政からの所有者に対して助言又は指導がされます。これに従わないでいると勧告がされ、固定資産税等の特例措置(人の居住の用に供する家屋の敷地に適用される住宅用地特例)を受けられなくなります。小規模住宅用地(200㎡以下の部分が1/6に減額)、一般住宅用地(200㎡を超える部分が1/3に減額)に関する特例が受けられなくなるなど不利益が課されます。最終的には、行政代執行などにまで至ります。
共有名義にするとトラブルに発展することも
相続人が複数いる場合に、相続人の共有名義とすることがあります。不動産を共有にすること自体は何らおかしなことではありませんが、共有としてしまうと。固定資産税の負担、修繕費、がけ崩れなどの保全措置などの維持管理費を誰が負担するのかなど問題になることも少なくありません。賃貸に出すなど、1人が全体を利用した場合の収益の取扱いで揉めることは容易に想像できます。売却するにも、共有持分権だけを売却することは容易でなく、かといって全体を売却するには共有持分権者の同意が必要になります。
共有状態というのは、思っている以上にトラブルに発展する可能性があります。
土地を相続放棄する際の注意点
不動産を相続放棄すること自体はできるとしても、全ての責任から解放されるわけではなく、いくつか注意すべきことがあります。
土地だけ相続放棄することはできない
相続放棄は、「相続人でなかったものとみなす。」制度なので、不要な土地だけを放棄することはできず、相続放棄をするとすべての遺産を相続できません。
相続放棄しても土地の管理義務は残る
相続放棄をするのは、被相続人が債務超過に陥っている場合や、大した遺産がない場合、相続紛争に巻き込まれたくないなど、相続関係から解放されたいという場合が多いと思います。相続放棄をすれば、「相続人でなかったものとみなされる。」のであるから、基本的には相続関係から解放されます。債権者から連絡があっても、相続放棄をしましたといえば連絡がなくなるでしょう。
しかし、民法940条1項で「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」とされていることから、相続放棄をしたとしても、遺産を管理する義務が残され、完全に開放されるわけではないことに注意が必要です。
特に不動産に関しては、注意が必要です。放置することで不動産の価値が毀損されれば、後順位相続人から損害賠償請求を受ける可能性がありますし、屋根が台風で飛ばされたり、倒壊、がけ崩れが発生した場合に、近隣住民などから損害賠償請求を受ける可能性があります。
なお、令和5年4月1日からは、改正民法940条1項が施行され、相続放棄した者の管理義務が減されています。
【参考】改正民法940条1項
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
土地の名義変更を行うと相続放棄できなくなる
民法921条では、相続人の一定の作為不作為について、単純承認したものとみなすこととされています。これを法定単純承認といいます。土地の名義変更をすると、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。」(民法921条1号)として、単純承認したものとみなされます。
相続放棄には3ヶ月の期限がある
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければなりません(民法915条1項)。もっとも、3か月以内に判断がつかないこともあるでしょうから、家庭裁判所へ申し立てることによって、伸長することが認められています。
相続放棄の期限は3ヶ月。過ぎてしまったらどうなる?延長方法は?相続放棄した土地はどうなるのか?
相続放棄をした土地は、所有者がいないとして、民法239条2項によって国庫に帰属するのかというとそう単純ではありません。
相続人がいない相続財産は、相続財産法人となり(民法951条)、検察官や利害関係人などが相続財産管理人の選任を申し立て、選任された相続財産管理人が相続財産の精算を行ったのち、残された相続財産が国庫に帰属することとされています。
相続放棄をしたとしても、当然に国庫に帰属するのではなく、誰かが相続財産管理人の選任の費用を負担や手続き的負担を強いられるため必要があるため、実際に利用されることは少ない印象です。
なお、令和5年4月27日から相続土地国庫帰属制度がスタートします。この制度によって、一定の要件を満たした場合には、同日以前に相続した土地を含め相続した土地を手放して国庫に帰属させることが可能となります。
土地を相続放棄する手続きの流れ
①必要書類を集める
・相続放棄の申述書及び住民票除票や戸籍謄本などの添付書類
②家庭裁判所に必要書類を提出する
・被相続人の最後の住所地の家庭裁判所へ提出
③家庭裁判所から届いた書類に回答し、返送する
・家庭裁判所からの照会書に回答
④相続放棄申述受理通知書が届いたら手続き完了
詳細は、相続放棄の手続き方法を参照
相続放棄の手続き方法相続放棄以外で土地を手放す方法はある?
相続放棄は、遺産の全てを手放すことになりますが、相続したうえで特定の不動産だけを手放したい場合には、次の方法が考えられます。
積極財産が多ければ、相続したうえで、売却を検討することが多いのではないでしょうか。ただ、事業承継を伴う場合、債務超過であるものの相続放棄支したくないなど、価値のない不動産であっても相続することもあります。
売却する
当たり前の方法ですが、相続したのちに売却する方法です。
買い手がついて売却出来ればよいですが難しい場合もあるでしょう。
寄付する
売却できない場合に自治体や非営利団体などに無償で寄付したいと考える人もいるでしょう。もっとも、売却困難な不動産の寄付を受け入れる団体は少ないでしょう。
土地活用を行う
賃貸物件を建設して賃貸にだし、賃料収入をえるなど、土地活用を行うことも考えられますが、売却困難な不動産であれば、土地活用も困難かもしれません。
土地の相続放棄に関するQ&A
被相続人から生前贈与されていた場合でも相続放棄できますか?
生前贈与は、一般的に生前に相続人へ贈与しておくことを意味します。あくまでも贈与であって、相続発生時に遺産を相続するかどうかの相続放棄とは直接関係ありませんので、生前贈与を受けていたとしても、相続放棄は可能です。
土地の共有持分のみを相続放棄することは可能ですか?
相続放棄は、相続人でなかったとみなす制度なので、一部だけ相続しないという選択はできません。もし、相続を望まない遺産があれば、遺産分割協議で他の相続人に帰属させる方法や、相続したうえで共有持分権者に譲渡するなどの方法を検討することになります。
農地を相続放棄した場合、管理義務はどうなりますか?
農地であっても、その相続放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならず、管理義務は残ります。
土地を相続放棄するかどうかで迷ったら、一度弁護士にご相談ください。
そもそも、相続放棄すべきかどうかは、相続財産調査をしてみないと判断できない場合もありますし、相続放棄をすれば、全ての義務から解放されるというわけでもなく、原則としてわずか3か月以内に判断を求められます。相続放棄をするかどうかを含めて弁護士など相続に詳しい専門家へご相談されることをお勧めします。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)