監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
相続放棄を考えている場合、被相続人名義の遺産を受け取ってしまったら、放棄が認められなくなる可能性が高くなってしまいます。
民法は単純承認とみなす事由を規定していますが、“相続人による相続財産の処分”はその典型の一つだからです(921条1号)。
もっとも、被相続人に関する金銭等が全て遺産に該当するわけではありません。以下、受け取っても相続放棄に影響しないものや、放棄が認められる可能性があるものについて解説します。
目次
相続財産にならないものなら受け取っていても相続放棄できる
民法921条1号が単純承認事由として定めるのは、“相続財産”の処分です。相続財産に該当しないものであれば、受け取っても相続放棄に影響しませんので、相続放棄を検討している場合に、相続人にまつわる金銭が、相続財産なのか、受取人固有の財産なのかの区別は、とても重要です。
受け取っても相続放棄に影響しないもの
受取人固有の財産と評価されるものは、原則として、相続放棄に影響しません。その典型的な例について以下説明します。
香典・御霊前
葬儀は、喪主が主催するものであり、これに対する香典・ご霊前等は、“葬式の費用に充てることを主たる目的とする喪主への贈与”と解されています。
相続財産には含まれないものですので、実質的には被相続人に対する債務の返済であるものを、名目だけ香典にしてもらう等の特殊な事情でもない限り、喪主が香典を受け取ることは相続放棄に影響しません。
仏壇やお墓
お墓や仏壇、位牌等、先祖を供養するための祭祀は、祭祀承継者が取得するものとして、相続財産とは区別されますので、相続放棄に影響しません。ただし、これは先祖代々のお墓等を受け継ぐ等、祭祀そのものを承継する場合の話です。
相続財産からお墓や仏壇を購入する行為は、祭祀の承継として処理されるものではありません。相続財産の処分には該当しないとの結論を採用した裁判例はあるものの、具体的事情により、逆の結論も十分ありうるところですので、慎重な判断を要します。
生命保険金(元相続人が受取人に指定されている場合)
被相続人以外の人間が受取人に指定されている場合、その保険金は受取人固有の財産と評価されます。相続放棄の事案ではありませんが、相続財産を構成しないとの結論は最高裁判例でも示されているところです( 平成14年11月5日判決、民集第56巻8号2069頁)。特別受益や課税の問題はともかく、指定された受取人が保険金を受領することは、相続放棄には影響しません。
遺族年金
遺族年金は、受給権者やその要件等が法律により、それぞれ規定されているものです(国民年金法37条以下、厚生年金保険法58条以下等)。そのため、裁判実務上も、“相続法とは別個の立場から受給権者と支給方法を定めたもの“として、遺族年金は受給権者たる当該遺族の固有の権利であって、相続財産には含まれないものと解されています(大阪家裁昭和59年4月11日審判)。
未支給年金
未支給年金も当該受給権者固有の財産と解されており、相続放棄には影響しません。
未支給年金も、その受給権者や要件、順序等は法律でそれぞれ規定されています(国民年金法19条、厚生年金保険法37条他)。これら規定について最高裁は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたもの”として、被相続人が有していた未支給年金を受け取る権利が別途相続の対象となるものではないと判断しています(最判平成7年11月7日、民集第49巻9号1829頁)。
受け取りが相続放棄に影響するもの
相続財産の処分に該当する行為をとると、単純承認とみなされ、相続放棄が出来なくなってしまいます。
預金の解約や不動産の売却等はその典型ですが、誤解しやすい点についていくつか挙げて説明しておきます。
受取人が被相続人本人になっている生命保険
生命保険は受取人固有の財産と解されます。受取人を単に「相続人」と指定した場合や、何も指定しなかった場合も、約款に定められた順序に従い、当該受取人固有の財産と解されるのが通常です。
これに対し、受取人に被相続人自身を指定していた場合は、当該保険金は相続財産と解されますので、相続放棄を検討している場合は、この点の確認が不可欠です。
所得税等の還付金
払いすぎた税金等の還付金は、基本的に被相続人の相続財産と解されるものです。未支給年金や遺族年金との対比で混乱してしまうかもしれませんが、受け取ってしまうと相続放棄は困難になってしまいますので、相続放棄を検討している場合は受け取らないようにしましょう。
未払いの給与
未払給与は、就業規則等で受取人が明確に指定されている場合を除き、被相続人の相続財産と解されます。相続放棄を検討しているならば、受け取らないようにするか、事前に規定を確認の上で専門家に相談して判断を仰ぐようにしましょう。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄できるかどうか、判断が分かれるもの
費目だけでは相続財産か否かの判断ができないものもあります。未払給与もその一つですが、死亡退職金等、判断の分かれるものについて説明します。
死亡退職金
死亡退職金は、被相続人が公務員の場合は、死亡退職金の受給権者について法律や条例等の規定が存在するため、遺族固有の権利と解されます(国家公務員退職手当法、地方自治法204条2項及び各地方公共団体が定める退職手当の支給に関する条例)。
他方、民間企業の場合は退職金規定等の内容に大きく左右されます。公務員の法律に準じた規定や、受給権者について民法の相続人の範囲とは異なる詳細な規定等が存在するか否かによって判断が別れますので、退職金規定等を確認しなければなりません。
受取人が被相続人とされている場合は相続財産と解されますが、何の指定もない場合は、判断が分かれます。
高額療養費の還付金
健康保険の高額療養費の還付金は、保険の主体や誰に対する医療費の還付なのかによって評価が別れます。協会けんぽの場合、高額医療費は被保険者に受給権がありますので、被相続人が被保険者の場合は相続財産、被相続人が被扶養者に過ぎない場合は被保険者の固有財産です。
国民健康保険の場合、高額医療費は世帯主に受給権がありますので、被相続人が世帯主の場合は相続財産、被相続人が世帯主ではない場合は世帯主の固有財産です。
どちらも、後者の場合は受け取っても相続放棄が可能ということです。
受け取っただけならまだ大丈夫、相続放棄したいなら保管しましょう
単純承認とみなされるのは、相続財産の処分に該当する行為です。単に受け取ったというだけで、まだ費消していないという場合には、相続放棄が認められる余地が残る場合もあります。
お金は分別が困難なものですし、使った後穴埋めをしたとの疑いをもたれる可能性もあります。
したがって、凍結されていないなら被相続人の口座に、凍結されているならそのためだけに新たに口座を用意する等して、自身の財産と混同させないようにして、客観的にも手つかずの状態で保管することが肝要です。
財産を受け取ってしまった場合の相続放棄に関するQ&A
受け取った保険金で被相続人の借金を返済しました。あとからもっと多くの借金が判明したのですが、相続放棄できますか?
相続債務を自身の財産から返済する行為は、処分行為に該当しません。「保険金」が受取人固有の財産に該当するものであれば、相続放棄が認められる余地は十分検討に値するでしょう。
他方、被相続人の相続財産を使って返済するのは、処分行為に該当する可能性が高いものです。したがって、ここにいう保険金が相続財産という場合は、相続放棄は極めて困難という前提の下、返済に充てた金額、支払期限、他の債務の割合等から一縷の望みの有無を検討する他ありません。
衛星放送の受信料を払いすぎていたので返金したいと連絡がありました。相続放棄するつもりなのですが、受け取っても問題ないでしょうか?
返金に関する規定や約款の内容にもよるところですが、基本的に被相続人にかかる還付金や返金は相続財産という前提で行動すべきです。相手が返金を求めてきたとしても、相続放棄を検討中なら、受け取るべきではありません。
相続放棄したいのに財産を受け取ってしまった場合は弁護士にご相談ください
相続放棄を検討しているなら、被相続人の財産には手をつけないというのが最善です。もっとも、何らかの金銭を受け取ってしまった場合の対応や、相続放棄の余地の検討等は、自己判断で行うには危険が大きすぎます。リスクを拡大させてしまう前に、専門家に相談することをお勧めいたします。
-
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)