労務

ハラスメントが他の従業員に及ぼす悪影響

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞

監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士

ハラスメントは、被害者を精神的肉体的に傷つけてしまうだけでなく、就業環境を悪化させることにより被害者以外の従業員にも被害を与える行為です。また、ハラスメントが横行する職場で働きたいという人はおらず、人材の流出にも繋がり、会社の経営にも大きなリスクとなります。

目次

職場のハラスメントにおける間接的な被害

直接のハラスメント被害以外には次のようなものがあります。

ハラスメントが存在する職場で働くことの負担

ハラスメントが横行する職場は、周りで精神的肉体的被害を受けている人が近くにいるわけです。被害を目の当たりにしながら働くというのは、気持ちのいいものではないですし、精神的に負担を感じるのが、通常人でしょう。

ハラスメントが周囲の従業員に与える悪影響

勤労意欲やモラルの低下

ハラスメントがある職場で、帰属意識を持って、会社の発展に力になろうと考える人は少ないでしょう。また、ハラスメントが許されていると感じれば、良い職場にするためのルールを遵守しようという動機も弱まり、モラル低下を招きます。

職場の生産性の低下

会社が発展するために働こうという意欲も失われるでしょう。そうすると、生産性も低下します。自分たちに酷いことをする会社に対して、いい仕事で答えようとは思わないのが普通です。

メンタルヘルス不調を引き起こす可能性

ハラスメントは、被害者に対して、精神的負荷を与えるものであって、ハラスメントが執拗に行われるなどすれば、それだけでうつ病などのメンタルヘルス疾患を生じさせます。精神疾患に関する労災認定基準にもセクハラやパワハラなどのハラスメントが精神疾患の原因として挙げられています。

自分が被害者になるかもしれない不安

現在、自分が被害者でなかったとしても、将来、自分が被害を受けるかもしれないと考えれば、一刻も早く転職したいと考えるでしょう。売り手市場と言われる昨今、わざわざ職場に残りたいと思う人は少ないです。

会社や上司に対して不信感を抱く

ハラスメントが横行する会社に対していい仕事で報いようと思うことはないでしょうし、上司に対する信頼も生まれるはずがありません。

退職者の増加により人材不足に陥るリスク

結果、優秀な人材から辞めていきます。優秀な人材は、転職も容易でしょうから、わざわざ残ろうとは思わないでしょう。また、最近は、求職者は、転職口コミサイトを見ることが多く、ハラスメントが横行する会社だと知れば、応募してくる人はいなくなります。

ハラスメント被害に関する裁判例(名古屋高等裁判所平成29年11月30日判決)

先輩従業員2名(Y1・Y2)からのパワハラによって、娘Aがうつ病に罹患し自殺したとして,両親が、会社と先輩2名を相手に合計約6500万円を請求した事案

事件の概要

平成21年4月、高卒新入社員として、総務部に配属されたところ、単純な入力ミスなどを繰り返したため、徐々に先輩従業員の注意する口調が強くなり、「てめぇ」「あんた同じミスばかりして」などと男っぽい口調で叱りつけるようになり、営業事務への配置転換を実施したものの、引継ぎが不十分であったうえ、ミスも頻発し、更に叱られた結果、自宅マンションから飛び降り自殺をした事案でした。

裁判所の判断の概要

本件では、上司2名の叱責する過程に、人格非難があれば、違法性が明らかですが、もっともきついもので「てめぇ」という程度でしたが、上司2名が時には一緒になって継続的かつ頻回に長時間にわたり、大声や強い口調で「何度言ったらわかるの」などと叱責をした点が重視され、威圧感や恐怖心を与えるもので、業務上の指導の範囲を超えると認め、不法行為を構成(いわゆるパワハラ)するとされています。

また、当該労働者のミスが減らなかった原因は,上司が「感情的にAに叱責を繰り返したことにより、Aの心理的 負荷が蓄積されたことも相当程度影響している。」などとし、ミス⇒叱責⇒更なるミスという悪循環が心理的負荷を増大させていると判断していると判断しています。

会社としては、上司2名の叱責を制止ないし改善するよう注意改善すべき義務があったにもかかわらず、これを放置したと言わざるをえない。また、業務内容の改善や分配の見直し等を検討し、必要な対応をとるべき義務を怠ったと認定しています。また、「大丈夫です。」と言っていても、萎縮していれば正直に話せないとことでした。

結果、労災認定基準を用い、それぞれ「いやがらせ,いじめ」のうち心理的負荷「中」,「配置転換」による心理的負荷「中」とし、総合的に「強」に相当するとして、自殺との因果関係を認めており、判断過程はオーソドックスなものといえます。

会社に対し、合計5574万6426円の支払い義務を、Y1に対し、うち27万5000円を連帯して、Y2に対し、うち27万5000円を連帯して支払うよう命じました。

ポイントと解説

特徴的なのは、同じミスを繰り返すことのたいして、定規を当てて入力すること、ダブルチェックを実施することなど、ミスの原因を一緒に考えて改善策を指導していたものの、劇的な改善が見られず、徐々に口調が強くなっていったという、どこでも起こりうる状況だったことです。また、本人に大丈夫かと尋ねたところ、「大丈夫です。」と答えているなど、どこにでもある事案ではないでしょうか。

会社が、パワハラを把握していたにもかかわらず、これを軽視し、改善しようとしなかったことで、死亡労災にまで発展してしまった事案で、指導を続けても、改善しないような場合には、従業員が委縮してしまい、更なるミスを呼ぶ可能性があり、上司の指導によっては、部下の労働生産性を低下させる可能性があることを忘れてはいけません。
実際、言葉自体はたいしたことがなくても、配置転換などと合わされば、労災認定基準の「強」となることも十分あり、業務負荷がかかっている従業員には、特に注意が必要となるうえ、従業員の「大丈夫です。」は信用してはいけないということです。
なお、この会社は、社員75名、資本金5000万円の中小企業でした。

企業が取り組むべきハラスメント防止措置

各種ハラスメントに関するガイドラインで、企業には、概ね次の義務が課されています。

①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発

  • パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知啓発
  • パワハラを行った者については、厳正に対処する旨の方針・対処内容を就業規則等の文書に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知啓発

②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
相談窓口を設置し、担当者が内容や状況に応じ適切に対応できる体制を構築(周知・研修)

③職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応

  • 事実関係の迅速かつ正確な確認を実施し、被害者に対する配慮措置、行為者に対する措置
  • 再発防止措置を実施

④併せて講ずべき措置

  • 相談者、行為者等のプライバシー保護のための措置を講じ、周知する
  • 不利益取扱いを行ってはならないことを定め、周知・啓発する

ハラスメントに関するQ&A

ハラスメントが発生しやすい職場の特徴を教えて下さい。

ワンマン社長のいる会社は、周りが注意することができず、独自の価値観で動いてしまっており、ハラスメントの自覚に乏しい結果、ハラスメントが発声しやすい職場といえます。

ハラスメントの実態を調査するために、従業員にアンケートを実施することは問題ないですか?

ハラスメントは、表に出てこず、密かに発生していることが少なくありません。そこで、アンケートは有益です。ただ、プライバシーへの配慮や、答えやすいように、匿名での実施など方法を工夫する必要はあります。

ハラスメントを目撃したと相談がありました。当事者ではない従業員からヒアリングする際の注意点を教えて下さい。

いつ、どこで、だれが、誰に対して、何を、どのように、なぜしたのか、客観的な状況を聞くことが重要です、また、当該被害者はハラスメント被害を大事にすることを望んでいない可能性があることから、被害者への配慮は不可欠でしょう。

部下を叱る際、他の従業員の前で叱るのはパワハラにあたりますか?

他の従業員の前で叱ることは、その時間や程度、叱り方にもよりますが、パワハラになる可能性はあります。

ハラスメント行為を見た従業員から、精神的損害による慰謝料を請求されることはありますか?

ハラスメントは、被害者に対するだけでなく、就業環境を悪化させることによって、被害者以外の労働者から慰謝料請求を受ける可能性は十分あります。

ハラスメントにより、周囲の従業員がうつ病を発症した場合、会社はどのような対応を取るべきですか?

被害者と面談を実施しつつ要望を聞く、ハラスメントの実態を調査する、就業環境の改善を図るなど対応をしつつ、加害者には懲戒処分を含めて厳正に対応しないといけません。これと並行して、被害者の健康が回復するよう、必要があれば休職させるということも検討します。

同僚がハラスメントを受けており、不快に感じると苦情がありました。会社が対応すべきかどうかの判断基準を教えて下さい。

まずは、会社が全く対応の必要がないということはあまりないように思います。大袈裟であったとしても、実態の調査を行うことは必要でしょう。なぜなら、何も対応しないことが、会社の安全配慮義務違反となりかねません。

被害者以外がハラスメントを指摘できる環境を作るには、どのような措置が必要ですか?

相談窓口を設置することは必要ですし、アンケートを実施することも考えられます。また、トップメッセージを示すなど、会社としてハラスメントを許さないという姿勢を社内に伝えることも有益です。

ハラスメントは周囲の従業員にも大きな影響を与えます。ハラスメント問題でお悩みなら弁護士にご相談ください。

ハラスメントは、大げさな被害申告や虚偽の申告もあります。だからといって、簡単に無視することはハラスメントを容認する結果となりかねず、その調査はなかなか難しいものです。また、ハラスメントが明らかになった場合に、懲戒処分をすべきか否か、配置転換はしてよいのかなど判断に迷うところですから、弁護士へ相談されることをお勧めします。

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞
監修:弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)
福岡県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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