監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
目次
認知症の人が書いた遺言書に効力はあるのか
「遺言が作成された当時、被相続人(遺言者)は認知症だったから、作成された遺言書は無効ではないでしょうか。」というご相談は多いです。認知症だから遺言ができないということではありません。遺言の内容について、理解し、結果を弁識できる能力(「遺言能力」といい、簡単にいうと、遺言するかどうか判断できる能力です。)がなければ無効となるものの、認知症の程度も様々ですから、「認知症=遺言できない。」ということではありません。認知症と診断されていることは、判断能力が劣っていることを推認させる重要な事情の1つとなります。
有効と判断される場合
認知症といっても進行の程度は様々で、内容や程度が具体的に検討されます。物忘れが増えて、診察に行くと、認知症の初期段階ですなどと言われた場合は、遺言能力はあるでしょう。医師の診断書やカルテ等、検査結果などが重要となるものの、それだけではなく、年齢、前後の言動、人間関係、作成経緯など総合的に判断がされます。
また、遺言の内容がシンプルであれば、判断能力が仮に劣っていても、当該遺言に関して遺言能力がある場合もあります。
無効と判断される場合
遺言が有効なのかどうかは、遺言内容の複雑さとも関連します。認知症がどの程度まで進行していれば遺言は無効になるという基準はありません。日にちや曜日、自分の誕生日、子供の氏名年齢なども記憶しておらず、親族のことも認識できないことが常態化しているということであれば、遺言能力がないといえるとは思います。
公正証書遺言で残されていた場合の効力は?
公正証書遺言は、遺言者本人から公証人と証人の前で内容が口頭で確認され、公証人は遺言者が判断能力あるのかなどを確認して行われます。公証人が怪しいと感じた場合には、診断書などの提出が求められます。そのため、遺言能力が、相当程度担保されることになります。とはいうものの、公正証書遺言であるからといって、遺言能力があったことにはならないことには注意してください。
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遺言能力とは
遺言は、遺言をするときに、遺言能力がなければできません。
【遺言能力に関する民法の規程】
第961条 15歳に達した者は、遺言をすることができる。
第962条 第5条、第9条、第13条及び第17条の規定は、遺言については、適用しない。
※これらは、行為能力に関する規定の一部が適用されません。
第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
遺言能力とは、遺言の内容について、理解し、遺言による結果を弁識できる能力をいいます。簡単にいうと、この内容で遺言するかどうか判断できる能力のことです。
遺言能力の判断基準
遺言能力については、明確な判断基準があるわけではありません。遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況や健康状態、経過、発症から遺言までの時間、受遺者や法定相続人との関係性、遺言をする動機、遺言をするまでの経緯など、さまざまな事情をもとに、遺言の有効性(遺言能力の有無)は判断されています。
遺言能力の有無は誰が判断するの?
遺言能力は、医師が判断するわけではありませ。遺言能力は、遺言の効果が発生するための要件であって、法的な判断ですから、争われれば、最終的には裁判所が判断することになります。
もっとも、医師による診断や検査結果、入院時等の診療録の記載内容などは、遺言者の能力を測る重要な資料ですから、医師の判断が大きな影響を与えることは間違いないでしょう。
認知症の診断が出る少し前に書かれた遺言書がでてきた。有効?無効?
繰り返しになりますが、認知症であることと、遺言能力とは直結しません。遺言時に遺言能力があったか否かを、様々な事情をもとに事後的に判断することになります・遺言を書いて間もない時期に、認知症が相当進行していると診断されたとしましょう。たまたま、診察が遅れただけで、遺言時には、既に 遺言能力がなかったということもあり得ます。
診断書は無いけど認知症と思しき症状があった…遺言書は有効?無効?
診断書は必須ではありません。遺言時に遺言能力があったといえるかどうかです。診断書がなかったとしても、失禁・徘徊を度々繰り返し、子供を識別できず、日時場所も理解できないとう状況であったなど、当時の状況がわかる証拠があれば、診断書がなくとも遺言がなかったと判断されることもあり得ます・
まだら認知症の人が書いた遺言書は有効?
俗に「まだらボケ」などと言われますが、認知症の症状がまだらに現れる場合はどうでしょうか。遺言時に遺言能力が求められていますので、まだらボケの場合は、遺言時には遺言能力あるということも考えられます。ただ、遺言能力が回復しているタイミングで遺言がされたことの証拠を残しておくことは簡単ではありません。例えば、医師立会いのもと、遺言をする様子を録画する方法、公正証書遺言が可能な場合には、医師2名に証人となってもらうなどでしょう。
認知症の人が書いた遺言書に関する裁判例
遺言書が有効と判断された裁判例
【東京地判令和4年3月15日】
認知症によって遺言能力がなかったと主張された、公正証書遺言の無効確認訴訟において、裁判所は、入院時には認知症と診断があるものの、うつ傾向などとの合併症の可能性を指摘したにとどまること、入院後に見当識障害、記憶障害、妄想、興奮、看護や治療へ抵抗を示すなどのせん妄の症状があったものの、薬物療法で症状が抑制されていたことや公証人の証人尋問の結果、遺言内容が複雑ではなかったことなども踏まえて、遺言能力ありとされました。
遺言書が無効と判断された裁判例
【東京地判令和4年4月26日】
検査結果などから認知症によって遺言能力が失われていたと主張された、病室内で作成された自筆証書遺言の無効確認訴訟において、ミニメンタルステート検査が7点で、高度の知能低下を示していること、医師が認知症は軽度でなく、すぐに認知症とわかるなどと供述調書を提出していること、
遺言の内容が複雑であったこと、その他作成経緯を踏まえて無効とされています。
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遺言能力は、医学的見地を踏まえた法的判断であり、その判断は容易ではありません。診療録や介護記録を検討の検討も必要になり、専門的な知識が要します。遺言能力があると言える事案で、遺言の効力を争えば、親族間に無用な争いを生むことになりますので、遺言の取扱いは慎重にすべき場合が少なくないでしょう。「認知症=遺言できないはず」と即断せず、弁護士へ相談されることをお勧めします。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)