監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
目次
遺言書とは
遺言書とは、民法の定める方式に従ってなされた遺言のことをいいます。民法では、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言の他、④特別の方式による遺言(死亡の危急に迫った者の遺言、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言、及び船舶遭難者の遺言)があります。
エンディングノートとの違い
遺言書は、遺言者の相続時に、法定相続分を修正すること等の、法律効果の発生を目的としてなされます。遺言書は、民法に定める方式に従ってなされなければ、法律上、有効となりません。
一方、エンディングノートとは、これまでの人生を振り返り、整理するための雑記帳のようなものです。エンディングノートは、必ずしも法律効果の発生を目的としているわけではありませんし、法律上の有効要件もありません。エンディングノートは、遺言書と異なり自由な記載が可能である反面、自分の希望をエンディングノートに書き連ねても、法律効果が発生するものとは限りませんので注意しましょう。
「自分の遺産を特定の人に譲りたい」と考えるときは、エンディングノートに書くのではなく、遺言書や死因贈与契約書を作成しておくことが望ましいです。
遺言書の種類
上記記載の遺言書のうち、代表的なものは、自筆証書遺言、公正証書遺言の2種類です。
日本公証人連合会のウェブサイトによれば、平成28年の公正証書遺言作成件数は、10万5350件でした。公正証書遺言作成件数は、年々増加傾向にあります。
一方、自筆証書遺言は、必ずしも検認(後記)されるわけではないため、どの程度の数が作成されているか、正確にはわかりません。司法統計によれば、平成28年の遺言書の検認数は、1万7205件でした。
自筆証書遺言と公正証書遺言で、遺言としての効力が変わるわけではないので、遺言が有効に作成されていれば、必ずしも方式の違いを意識する必要はありません。ただし、「走り書きのような自筆証書遺言」がなされたといった事案では、相続人の一部から不満が出ることがありますし、遺言の有効性の争いに発展することもあります。形式を整える意味で、遺言をしようとする場合、公正証書遺言の方が望ましいように思います。
遺言書の保管場所
遺言書の保管場所は、公正証書遺言、自筆証書遺言で異なります。
まず、公正証書遺言の場合、公正証書遺言をした公証役場に、公正証書遺言の原本が保管されています。平成元年(1989年)以降に作成された公正証書遺言であれば、全国各地の公証役場で、遺言の検索ができます。ただし、遺言者本人以外からの検索は、遺言者の死亡後に限り可能ですし、検索が可能な者は、相続人、受遺者、遺言執行者等一定の者に限られています。
次に、自筆証書遺言の場合、保管場所が決められているわけではありませんが、一般的に被相続人の自宅、銀行の貸金庫等で保管されていることが多いです。そのため、被相続人の死亡後は、遺言書が見つからず、遺産分割が終わってから遺言書が出てきてしまうという問題もありました。このような問題に対応するため、令和2年(2020年)7月10日から、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行され、全国各地の法務局で自筆証書遺言の保管の制度が始まりました。遺言者の死亡後、相続人、遺言者執行者、受遺者等は、モニター画像による遺言書の閲覧、遺言書の内容の証明書の取得ができます。 以上のような制度になっていますので、遺言書の有無の調査は、まず、公証役場・法務局で保管されている遺言書がないか調査し、その後、自宅、銀行の貸金庫等を探索するという流れになることが一般的です。
遺言書はその場で開封しないようにしましょう
封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立ち会いがなければ、開封することはできないとされています(民法1004条3項)。この規定に反して勝手に開封してしまうと、5万円以下の過料の制裁に処されるリスク(民法1005条)がある他、他の相続人等から、「遺言書の内容を書き換えたのでは」といった疑いを持たれるおそれがあるため、注意が必要です。
開封には検認の申立てが必要
公正証書遺言以外の遺言は、家庭裁判所での検認が必要です(民法1004条1項)。「検認」とは、遺言書の外部的状態を調査し、現状を保全する一種の検証ないし証拠保全の手続であるとされています。検認は、あくまで遺言書の状態を検証・保全する手続であるため、遺言の効力の有無について判断されるものではありません。検認を経た遺言書であっても、後々、無効と判断されることもあります。
「勝手に開封すると効果がなくなる」は本当か?
遺言書の検認が必要なことを知らずに遺言書を開封してしまい、争いになることがあります。
検認前に遺言書を開封してしまったとしても、遺言が無効になるわけではありません。また、誤って開封してしまった相続人が、相続資格を失うわけではありません。慌てて遺言書を廃棄してしまったり、「遺言書はなかった」と嘘を言ったりしないようにしましょう。
知らずに開けてしまった場合の対処法
封印されていない遺言書であっても、検認手続が必要です。つまり、遺言書を開封してしまった場合でも、検認が必要です。間違って開封した後、検認をせずに遺言書を隠してしまうと、場合によっては、相続人の欠格事由となってしまうリスクもあります(民法891条5号)。このようなリスクを負うより、「間違って開封してしまった」と報告してきちんと検認を受けましょう。
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遺言書の内容は何よりも優先されるのか
遺言書の内容が遺留分を侵害するものであったとしても、遺言書の内容が優先されます。民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成三十年法律第七十二号)による改正(相続法改正)前の民法903条3項には、「被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に反しない範囲内で、その効力を有する」との規定がありました(相続法改正により削除)。この規定があった当時ですら、被相続人がその全財産を相続人以外に対して贈与(遺贈)した事案について、同遺贈は公序良俗に反し無効であるといえないとした最高裁判例があります(最判昭和25年4月28日民集4巻4号152頁)。
遺言書の内容に相続人全員が反対している場合
例えば、相続人以外の者に対し、遺産の全てを遺贈するような内容の遺言がされた場合、相続人は、遺言書の内容に反対することが多いでしょう。このような場合であっても、原則として、遺言書の内容は有効です(前掲最判昭和25年4月28日民集4巻4号152頁)。 相続人の利益は、遺留分侵害額請求(令和元年(2019年)7月1日以後の相続の場合)又は遺留分減殺請求(同日前の相続の場合)によりカバーするしかありません。
なお、遺言書作成当時の被相続人の意思能力によっては、遺言無効の主張をすることが可能な場合があります。遺言書の内容が、生前の被相続人の言動とあまりにかけ離れており、遺言書作成当時の被相続人の意思能力に疑いがあるときには、被相続人の診療録等をきちんと検討しておいた方がよいでしょう。
遺言書に遺産分割協議を禁止すると書かれていたら
遺言書には、5年を超えない期間を定めて、遺産分割の禁止を定めることができます(民法908条)。遺言書に分割禁止が定められるのは、相続人や受遺者が若年のため判断能力の成熟を待ちたい場合その他の、遺産分割のタイミングを遅らせた方が、相続人に利益がある場合が多いです。 遺言書で分割禁止が定められた場合、原則として、定められた期間内に遺産分割をすることができませんが、相続人全員の合意により遺産分割が可能であるという見解が有力です(判タ1100号408頁、上原裕之ら編著「遺産分割」(青林書院、2014年、改訂版)427頁)。もっとも、法定相続人以外の受遺者等がいる場合や遺言執行者がいる場合には、分割禁止期間中の慎重な検討を要します。弁護士に相談することをお勧めします。
遺言書の内容に納得できない場合
①遺言書自体の有効性を検討した上で、②遺言が有効と判断された場合には、遺留分侵害額請求・遺留分減殺請求をすることが考えられます。
①は、遺言書の有効要件(遺言者の意思能力、方式、公序良俗違反の有無)等を検討することになります。特に、遺言者が認知症に罹患して判断能力が大きく低下しているときに、複雑な内容の遺言書が作成されているようなケースや、遺言書の筆跡が遺言者と違うように思われるようなケースでは、遺言書の有効性の慎重な検討が必要です。
②は、遺留分、すなわち法律上、一定の相続
遺言書の通りに分割したいけれど、反対する相続人がいる場合
このような場合、相続人、受遺者等の利害関係人は、家庭裁判所に対し、遺言執行者の選任を請求することになります(民法1010条)。遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務がありますので(民法1012条)、遺言執行者を通じて、遺言の内容を実現していくことになります。そして、遺言執行者がある場合、相続人は、相続財産の処分その他の遺言の執行を妨げる行為をすることができません(民法1013条)。
遺言書で指定された財産を受け取りたくない場合
このような場合、相続放棄をする方法や、他の相続人と協議の上で遺言書によって指定された財産を譲渡する協議をする方法、遺贈の放棄をする方法等が考えられます。
相続放棄には期間制限があり、また、一定の行為があったときは相続放棄ができなくなる(法定単純承認・民法921条)ため、注意が必要です。相続放棄をする場合には、早めの決断をお勧めします。
他の相続人と協議をする場合、遺言書の内容次第で、「遺産分割」ではなく「贈与」「売買」等をしなければならないことがあります。遺言書の内容が、遺産分割の方法を定めたものである場合、これと異なる遺産分割協議は、無効であるとした裁判例があります(東京地判平成26年8月25日)。遺言書の内容と異なる遺産分割協議が無効となるリスクがある事案の場合、課税関係に配慮しつつ、贈与、売買等の契約を締結することが賢明です。
遺贈の放棄をする方法は、特定遺贈と包括遺贈の場合で異なります。特定遺贈の放棄の場合は民法986条によりいつでも可能ですが、包括遺贈の放棄は、包括受遺者が相続人と同一の権利義務を有することから、相続放棄と同様の手続によることが必要です(民法990条。熟慮期間の制限も相続放棄の場合と同様です)。
遺言書が2通出てきた場合
古い遺言書と新しい遺言書の内容が抵触するときは、抵触した部分について、新しい遺言により古い遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)。つまり、新しい遺言が有効になります。一方、抵触しない部分は、新しい遺言・古い遺言ともに有効です。「新しい遺言だけ」が常に有効というわけではないので、注意しましょう。
遺言書にない財産が後から出てきた場合
遺言書の内容が、相続分の指定、全部包括遺贈、割合的包括遺贈といった場合には、遺言書に記載されていない財産であっても、遺言書の内容どおりの割合で相続・遺贈の効力が生じると解されます。
一方、遺言書の内容が、遺産分割方法の指定(「〇〇不動産は相続人Aに相続させる」といった内容)の場合、新しく発見された財産で遺言書に記載のないものは、遺産分割が完了していないことになります。そのため、改めて、新たな財産について遺産分割協議が必要です。
遺産分割協議の後に遺言書が出てきた場合、どうしたらいい?
遺言書の内容は有効なものです。遺言書の内容が有効であることを前提に、相続人、受遺者等の希望を確認し、遺言書の内容どおりに再度の遺産分割が必要かどうかを検討することになります。
相続人、受遺者等の全員が、遺言書の内容と異なる遺産分割協議に同意している場合、遺言書の内容と異なる遺産分割協議が可能と解されます(前掲判タ1100号408頁、上原裕之ら編著「遺産分割」(青林書院、2014年、改訂版)427頁)ので、再度の遺産分割を要しないのが原則です。
ただし、遺言書で認知がなされ、相続人が増加する場合には、当該相続人を欠く遺産分割は無効となるため、再度の遺産分割協議は必須です。
なお、遺言書を破棄・隠匿してしまうと、前記のとおり相続人の欠格事由となりかねません。後から遺言書が発見された場合には、他の相続人等に正直に伝えるようにしましょう。
遺言書が無効になるケース
遺言の無効原因としては、民法所定の遺言の方式がないこと、遺言時に遺言能力がなかったこと、そもそも遺言者が作成した遺言書ではないこと(遺言書の偽造)等が挙げられます。
争いになりやすいのは、遺言能力の有無です。
遺言書作成時に、遺言者に、認知症その他の原因により遺言能力(単独で有効な遺言を行うことができる資格)がなかったと判断される場合、遺言は無効となります。遺言能力がないと認められるためには、遺言者の意思能力に関するカルテやケースワーカー記録、遺言者の会話の様子等が写っている動画等、様々な証拠による立証が必要となります。これらの証拠には保管期間制限があるものも多いため、遺言書の有効性に疑義が生じた場合、早めに証拠を確保するようにしましょう。
遺言書に関するトラブルは弁護士にご相談ください
相続開始後の遺言書の有効性の検討、遺言書の内容の実現、遺言書の内容を争うその他の対応は、非常に複雑です。また、遺言書を作成する段階でも、後々紛争になりにくい内容にすることが望ましいですし、紛争を避けられないとしても、相続人等の利害関係者の負担を最低限にすることが望ましいです。
これらのためには、高度な法的知識が必要です。遺言書を作成する前、開封する前、遺産分割協議をする前に弁護士に相談することをお勧めします。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)