監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
遺言書は、自分が死亡した後の財産(遺産)の行方について、生前に予めその意思を表示するものです。作成の方式等には法律上の要件もありますが、これを充たす場合、原則としてその意思が優先されることになります。本来ならば相続権のない者に対しても、遺贈によって財産を引き継がせることも可能ですし、予め遺産の分配方法等を細かく定めておくことで、遺産分割を巡る親族間の紛争の未然防止も期待されます。
遺言書は定め方によって、様々な用途や効果が期待されるものですので、正しく用いていただくためにも、本記事を参考にしていただければ幸いです。
目次
遺言書の効力で指定できること
遺言書は、どの遺産を、誰に、どれだけ引き継がせるのか、というように自身が亡くなった後の財産の行方を指定するというのが主な使い方ですが、その他にも、一定期間遺産分割を禁止する旨の定めや、子の認知、未成年後見人の指定、生命保険の受取人の変更、推定相続人の廃除等、様々な意思表示をすることができます。
遺言執行者の指定
遺言執行者とは、遺言内容を実現するための具体的な手続を行う者です。例えば、遺言に基づいて故人の預金を引き出す場合であっても、金融機関は相続人全員の印鑑を求めてくるのが通常ですが、遺言執行者は法律上の義務と権限を与えられていますので、手続をスムーズに進めることができます。遺言書には、予め遺言執行者となるものを指定しておくことができますので、遺言書を作成する場合、その指定の要否についても一考されることをお勧めします。
誰にいくら相続させるか
民法には、相続人の範囲や順序、割合等が規定されていますが(いわゆる法定相続分の規定等)、法定相続分は絶対のものではありません。遺留分として保護される範囲には配慮が必要ですが、遺言で法定相続分とは異なる割合を指定することも可能ですし、遺贈により、法定相続人とは異なる者に遺産を渡すこともできます。
誰に何を相続させるか
遺言書では、各自が相続する内容について、妻は1/2、長男は1/4・・・等と割合的に指定する方法以外にも、A銀行の預金は全て妻に、B不動産は長男に・・・と各遺産について細かく分配方法を指定することも可能です。
前者の割合的な指定の場合、具体的にどの遺産を誰が取得するかについて、遺産分割協議を行う必要がありますが、後者の場合、全ての遺産について取りこぼしなく具体的に指定しておけば、遺産分割の問題は生じません(遺留分を侵害する場合、遺留分侵害額請求の問題はあり得ます。)遺産分割は未分割の遺産について、相続人間で分割方法を協議するものだからです。将来の紛争防止という観点からも、遺言書の活用やその内容等の検討をお勧めします。
遺産分割の禁止
遺産分割は、どの時期まではできないとか、いつまでにやらなければならないというような制約はない、というのが原則ですが、その例外の一つが、「被相続人が遺言で禁じた場合」です。
遺産分割の禁止は、「相続開始の時から五年を超えない期間を定めて」行う必要がありますので(908条)、禁止するとはいっても、永久に、というようなものではありません。
遺産に問題があった時の処理方法
「各共同相続人は、他の共同相続人に対して、売主と同じく、その相続分に応じて担保の責任を負う」ものと規定されています(911条)。遺産分割等の結果、取得した遺産に問題があった場合には(例えば、取得した土地を測量した結果、登記簿の表記とは誤差があり、想定よりもはるかに狭かったというような場合)、他の相続人に対し不足分に相当する金銭の賠償等を求めうるということです。
この担保責任に関する規定については、「被相続人が遺言で別段の意思を表示した場合」が、その例外として規定されているため、遺言で定めておくことにより、特定の相続人には一部又は全部の担保責任を負わせないということもできます(914条)。
生前贈与していた場合の遺産の処理方法
一部の相続人に対し、被相続人が多額の生前贈与をしていた場合等には、遺産分割の際には、その生前贈与分も特別受益として遺産に持ち戻して各自の相続分を計算することができます。これを「特別受益の持ち戻し」といいます。
特別受益を持ち戻すことによって、遺産の総額が大きくなり、各自が取得する金額も増えますが、特別受益を受けた者はすでに特別受益において受領済みの金額が差し引かれますので、ほとんど取り分がないということもあり得ます。
被相続人が生前贈与を行う意図として、一部の相続人に多くを残したいと考えていた場合、これでは目的を達成できません。この点について、被相続人は遺言で、当該相続人について持ち戻し免除の意思表示をしておくことによって、持ち戻しを不要とすることも可能です。この点も、遺留分を侵害する場合は、遺留分侵害額請求の対象となることは注意が必要です。
生命保険の受取人の変更
生命保険の受取人は、遺言によっても変更することができると規定されています(保険法44条1項)。
ただし、「遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じた後、保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ、これをもって保険者に対抗することができない(同条2項)」と規定されているため、変更前の受取人が遺言の存在を知らず、保険会社に支払を請求して支払われてしまった場合、変更前の受取人に対する不当利得等の問題となってしまいます。確実性を重視するなら、遺言ではなく、生前に変更しておくほうが良いと思います。
また、この規定は平成22年4月1日に施行されたものであるため、それよりも前に締結された保険契約には適用されません。古い保険契約について、遺言で受取人の変更を行うことを希望する場合は、予め保険会社に確認しておくほうが良いでしょう。
非嫡出子の認知
認知は、生前に手続する方法だけではなく、遺言によっても行うことができます。遺言による認知を行う場合、遺言執行者の選任が不可欠ですので、予め遺言で指定しておくほうが良いでしょう。
認知をするということは、第1順位の相続人が一人増えるということです。他の推定相続人にとっては、自身の取り分を減らし、又は失わせるものです。遺言書の破棄や変造、隠匿は、相続欠格事由(891条5号)とされていますし、刑事上の責任も生じうるものですが、そのような内容の遺言書を推定相続人に委ねてしまうと、余計な葛藤を生じさせることにもなりかねません。
遺言で認知をする場合は、確実に認知を行うためにも、公正証書遺言での作成や、遺言執行者に弁護士等を指定した上で、遺言書の保管も併せて依頼する等の工夫をしておくことが望ましいと思います。
相続人の廃除
被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他著しい非行のある“遺留分を有する推定相続人”について、被相続人は家庭裁判所に廃除の申立てをすることができます(892条)。
廃除については、遺言でも意思表示をすることができますが(893条)、この場合も遺言執行者の選任が不可欠ですので、予め遺言で遺言執行者を指定しておくことをお勧めします。
廃除が認められると、当該推定相続人は相続権を失います。単に遺言で遺産分割方法を指定するのでは、遺留分侵害額請求の問題が残ってしまいますが、廃除の場合は、遺留分もありません。
未成年後見人の指定
離婚や死別により、未成年の子の親権者が一人しかいない場合、その者が死亡すると親権を行うものがいなくなります。「親権を行う者がいない場合」に、未成年者の法定代理人として活動するために選任されるのが未成年後見人です。未成年後見人は、家庭裁判所が選任する他、未成年者に対して最後に親権を行う者が、遺言で指定することもできます(839条1項)。
遺言書が複数ある場合、効力を発揮するのはどれ?
遺言書が複数ある場合、新しい日付のものが優先と考えるのが基本ですが、これはそれぞれの記述が矛盾している場合の優先関係を述べているものです。
複数遺言書がある場合でも、相互に矛盾しない記述はそれぞれ有効です。矛盾する記述については日付の新しいものが優先しますので、古い日付の当該記述は無効となります。
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遺言書の効力は絶対か
遺言書は、被相続人の意思を死後に反映するものとして尊重される傾向にありますが、「どのような遺言書も常に絶対の有効性を有する」というようなものではありません。形式要件を充たさない場合や、作成当時の意思能力の問題等、有効性が否定される場合もあります。以下、この点について記述していきます。
遺言書の内容に納得できない場合
遺言書に記載されている内容は、相続人らの全員が合意するのであれば、異なる内容の遺産分割協議を行うことも可能です。自身の取り分を減らしてまで、遺言書と異なる遺産分割協議に応じるというのは想定しがたいところですので、自身が納得しないからといって、遺言書を一方的に無効にすることは困難が大きいでしょう。
勝手に遺言書を開けると効力がなくなるって本当?
自筆の遺言書は、作成後封印をするのが通常です。「封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない(1004条)」ものとされていますので、勝手に開封してはいけません。
開封したからといって、直ちに当該遺言書が無効になるというものではありませんが、この規定に反した場合、5万円以下の過料の制裁も規定されています(1005条)し、変造等の疑いを招くおそれもあるので、封印されている遺言書を発見した場合は、開封せずに家庭裁判所に検認を申し立てましょう。
効力が発生する期間は?
遺言の効力が発生するのは、被相続人が死亡した時点です(985条1項)。有効期間などはありませんので、効力発生後、遺言書が時間の経過だけで無効になるということはありません。
認知症の親が作成した遺言書の効力は?
遺言をするには、遺言の内容を自ら理解し、遺言の結果を弁識するに足る意思能力が必要とされ、これを欠く状態で作成された遺言書は無効と判断される場合があります。
認知症は進行の程度により、意思能力の低下に差異のあるものですので、認知症と診断されていたとの事情だけで有効無効を判断することはできませんが、直近の認知能力に関する検査の結果は特に着目すべきところです。それ以外にも、自筆証書遺言と公正証書遺言の違いや、認知症に罹患する前の言い分や、遺言、筆跡等の比較等、さまざまな事情も総合的に考慮されるところです。
記載されていた相続人が亡くなっている場合でも効力を発揮するの?
遺言において、遺贈や相続させるとされていた者が、被相続人よりも先に死亡した場合、その者に分配するとされていた遺産に関する記述は無効です。当該遺産は、遺言による指定がないものとして遺産分割の対象となります。亡くなった方と関係のない記述は有効のままです。
遺留分を侵害している場合は遺言書が効力を発揮しないことも
遺留分とは、一定範囲の法定相続人につき、最低限保証された遺産等に対する割合的な権利のことを言います。遺言は被相続人の生前の意向を死後に反映させるものとして尊重されますが、最低限の保証である遺留分はそれよりも強い権利です。相続欠格や廃除に該当する場合でもなければ、遺留分を侵害するような遺言に対して、遺留分権利者は遺留分侵害額請求をすることができます。
ただし、この遺留分侵害額請求は、遺留分権利者自身が行使しなければならず、「相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年」の経過や、「相続開始の時から十年」の経過によって時効消滅してしまうものであることは注意が必要です。
遺言書の効力についての疑問点は弁護士まで
遺言書には、全ての財産を○○に相続させる、というようなシンプルなものから、多数の遺産について、それぞれの分配を複数人に振り分けるものなど、様々な作成方法があります。将来の紛争防止を目的とする場合には、作成の際に遺留分を予め考慮しておくほうが良いでしょうし、認知や廃除等、専門家の関与が不可欠な類型もあります。自身が希望する内容を実現するには、どのような条項を設けるべきかを判断するのに専門知識は大きな助けになると思いますので、遺言書について迷われているならば、まずは専門家に一度相談してみることをお勧めします。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)