専断的治療行為

代表執行役員 弁護士 金﨑 浩之

監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士

  • 専断的治療行為

近年、インフォームド・コンセントという言葉をよく耳にします。

現在、医療機関においては、当然のように、患者に対し治療内容等を説明し同意を得た上で治療を行っています。

とはいえ、過去にはインフォームド・コンセントの考え方は浸透しておらず、説明・同意を経ずに治療が行われることがありました。

そこで、本ページでは、医師が患者の承諾・同意を得ずに治療行為を行った場合の適法性の問題についてご解説します。

患者の承諾・同意のない治療行為のことを専断的治療行為といいます。

ここにいう治療行為とは、医療行為とは区別された概念であり、生命・健康を維持・回復する必要のある患者に対し医学的に認められた医療行為を行うことを指します。

このように患者の生命・健康にとって利益のある行為(治療行為)であっても、治療行為は患者に対する侵襲を必然的に伴うため、承諾・同意ない場合には適法性に疑義が生じるのです。

なお、緊急で治療が必要な病状であり、かつ、患者やその家族等から同意・承諾を得られない状況の下における治療行為が適法であることには、争いはありません。(下記の裁判例も、「患者の生命の危険がさしせまつていて承諾を求める時間的余裕のない場合等の特別の事情がある場合」には承諾は不要である、としています。)

刑法上の議論としては、適法・違法という最終的な結論を措いて、そもそもどの犯罪に該当する行為として取り扱うべきであるか、という議論があります。

身体を傷つける点に着目し、傷害罪に該当する行為と考える立場があります(治療行為傷害説)。

他方、医師による有益な治療は無頼漢による暴力とは異なるという発想から、傷害罪には該当する行為ではなく(治療行為非傷害説)、強要罪や逮捕監禁罪等に該当する行為である、とか、専断的治療行為罪を立法すべきである、などと考える立場があります。

刑法上の議論を追うと際限がないので、民事事件の下級審裁判例を紹介します。

やや古いですが、東京地判昭和46年5月19日下民集22巻5・6号626頁です。

事案の概要は、右乳房内部の乳腺癌を切除するために右乳房の皮膚及び乳首を残して乳腺全部を摘出する手術を行った後、同術に続けて、無断で、左乳房内部の乳腺症を切除するために右乳房と同様の摘出手術を行った、というものです。

実は、現在では、乳腺症は症状が軽い場合には治療の必要はないとされています。

同裁判例においても、乳腺症に対し摘出手術を行う医学的必要性があったのかという点が問題となっています。上述した治療行為(正しい医療行為)に該当するか否かの議論です。

裁判所は、「乳腺症と乳癌との関係については医学者の間に意見の相違があり、一方では両者の間に密接な関係があり乳腺症は乳癌の前癌病変であるから予防的乳腺剔出を行うべしとする学説があるが、他方両者の間には決定的な困果関係はないから乳腺剔出の必要はないとする有力な学説があることが認められる。本件において・・・後者の見解もあるからといつて直ちにそれだけの理由で右の手術を不要で違法なものとすることはできないと解するのが相当である」と述べ、乳腺症に対して摘出手術を行ったこと自体のみでは違法とはいえない、としています。

そして、本ページのテーマである専断的治療行為の適法性の判断について、裁判例は、「医師が行なう手術は、疾患の治療ないし健康の維持、増進を目的とするものではあるが、通常患者の身体の一部に損傷を生ぜしめるものであるばかりでなく、患者に肉体的な苦痛を与えることも少なくないのであるから、治療の依頼を受けたからといつて当然になし得るものではなく、原則として、患者(患者が承諾の能力を欠く場合にはこれに代つて承諾をなし得る者。以下同様)の治療の申込とは別の手術の実施についての承諾を得たうえで行なうことを要すると解すべきであり、承諾を得ないでなされた手術は患者の身体に対する違法な侵害であるといわなければならない。」

「少くとも、たとえば、四肢の一部を切断する手術のような、身体の機能上または外観上極めて重大な結果を生ずる手術を実施するにあたつては、患者の治療の申込においてそのような重大な手術に関する承諾までが常に同時になされているものとは到底いえないから、患者の生命の危険がさしせまつていて承諾を求める時間的余裕のない場合等の特別の事情がある場合を除いては、医師はその手術につき患者が承諾するかどうかを確認すべきであり、これをしないで手術を実施したときは、当該手術は患者の身体に対する違法な侵害であるとのそしりを免れることができないというべきである。」としています。

一般に、説明や同意が欠ける場合には自己決定権や人格権の侵害が問題となる、と説明されることが多いです。

ところが、同裁判例では、同摘出手術では身体に対する侵襲性が重大であること等を考慮した上で「患者の身体に対する違法な侵害である」と述べ、自己決定権や人格権の侵害の問題ではなく、身体への侵害の問題とした点は注目すべきです。

この記事の執筆弁護士

弁護士 上田圭介
弁護士法人ALG&Associates 弁護士 上田圭介
東京弁護士会所属
弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 医学博士 弁護士 金﨑 浩之
監修:医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員
保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)
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