上部消化器内視鏡検査(精密検査)の胃がん見落としを理由に国立病院を提訴し、3000万円で訴訟上の和解が成立した事例
監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
事案の概要
患者さん(50代、女性)は、ある診療所で胃がん検診を定期的に受けておりましたが、胃X線撮影で、胃体部大彎後壁に粘膜ヒダの走行異常を求める所見が見つかったため、被告病院(国立病院)で精密検査(上部消化器内視鏡検査)を受けることになりました。そして、精密検査の結果、軽度の胃炎所見が認められるのみで、その他の異常は認めないという検査結果となりました。ところが、その約2年半後に、同じ箇所(胃体部大彎後壁)に原発巣を認める進行胃がん(4型胃がん・スキルス、臨床病期Ⅳ期)が見つかりました。その患者さんの胃がんは、すでに腹膜播種・卵巣転移を生じており、その数ヶ月後に亡くなりました。
そこで、被告医師を提訴し、3人の医師による書面鑑定を実施したところ、1人の鑑定人が被告病院有責(責任あり)、2人の鑑定人が無責(責任なし)と回答する鑑定書を提出しましたが、提訴から約3年を経て、被告病院有責を前提とした3000万円の訴訟上の和解が成立しました。
弁護士の方針・対応
この事例では、提訴前に複数人の消化器専門医に相談しましたが、いずれも被告病院に責任なしという回答だったため、有責とする意見書を得ることができませんでした。しかしながら、このことが提訴に踏み切るきっかけとなりました。回答した医師の説明は、いずれも不合理なもので、多くの矛盾を抱えるものだったからです。そこで、専門家の意見書なしで、提訴することになりました。
事前に相談した医師らの説明がいかに不合理であったとしても、原告側に有利な意見書があるわけではなかったので、医学文献のみを証拠として丁寧な立証活動を行い、なんとか裁判所に鑑定の必要性が高いという心証を抱かせることができました。もっとも、鑑定を実施したからといって、こちらに有利な鑑定書が出てくるとは限りません。事前の協力医から有利な意見を得られなかったことからも想像できるように、鑑定人が被告病院をかばう可能性も十分あるからです。特に、この事例のように被告病院が国立病院のような場合にはその傾向が強くなります。幸いにして、鑑定人のうちの1人が有責であるとの意見を提出してくれたため、これが突破口となりました。無責回答をした2人の鑑定意見の不合理さ、矛盾を指摘して、裁判所に有責であるとの心証を抱かせることに成功しました。
結果
被告が原告に3000万円を支払うという内容の和解が成立しましたが、この事例で苦労したのは、患者の罹患した胃がんがスキルスという高悪性度のものだったため、どうすれば裁判所に鑑定の必要性があることを理解してもらえるかという点です。スキルスは悪性度が極めて高く進行も早いため、早期発見が難しいと理解されていますが、ここには大きな矛盾を含んでいます。というのも、スキルス胃がんは、進行胃がんの亜型だからです。
スキルス胃がんといえども、当然ながら初期病変の段階があるわけですが、初期病変をスキルス胃がんと呼ぶことはありません。将来スキルスになる可能性を有する胃がんの初期病変は、0-ⅡC型という陥凹所見が多く、印環細胞癌や低分化腺癌などの高悪性度のがん細胞が検出されます。ところが、検診などで早期発見される胃がんの実に80%程度がこの0-ⅡC型病変なのです。
この事例の患者さんの組織型も印環細胞癌でした。したがって、進行も早いということになりますが、この事実が原告に有利となりました。なぜなら、見落としが2年半も前なので、見落とした時点では初期段階であった可能性が高いからです。
このような医学的知見を丁寧に説明し、裁判所が関心を持つに至り、鑑定が実施されることになったわけです。
もっとも、全ての鑑定人が被告病院をかばってしまうと、有責前提の高額和解は難しかったと思われます。本件では、鑑定人のうちの1人が有責前提にしっかりとした内容の鑑定書を提出してくれたため、これが突破口になりました。
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保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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