心房細動と診断できない患者対し、心房細動カテーテル・アブレーションを実施したところ、術中に心タンポナーデを合併させ患者を死亡させたことについて、一審では原告の請求が棄却されたところ、高裁で逆転勝訴となり、約7800万円の損害賠償が認容された事例
監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
事案の概要
患者さん(50代・男性)は、長年に渡って動悸や目眩で苦しみ、洞不全症候群及び洞性徐脈の疑いで頻回刺激法という電気生理学検査を受けました。主治医は、この検査の際に出現した心房細動様の心電図所見を根拠に、患者の疾患を心房細動と診断し、根治治療である心房細動カテーテル・アブレーションを実施しました。ところが、術中に心タンポナーデを合併し、これが原因で、患者さんは植物状態に陥り、後日、死亡するに至ったのです。
この事案では、12誘導心電図やホルター心電図で、心房細動と診断できる異常所見は確認されておらず、診断の決め手は、頻回刺激法という電気生理学検査で得られた所見でした。しかしながら、そもそも、電気生理学検査のひとつである頻回刺激法という検査は、電気的刺激を頻回に与えて心筋を興奮させる検査ですから、心房細動(心房の心筋が頻回に興奮した病態)と同じような現象が、この検査によって人工的に誘発されてしまうことがあります。それなのに、主治医は、心房細動と診断してカテーテル・アブレーション治療に踏み切ったわけですから、適応のない治療を敢行したことで患者を死亡させたとして提訴しました。
ところが、一審の横浜地裁横須賀支部は、原告の請求を棄却しました(担当したのは、裁判長の庄司芳男、左陪席の尾田いずみ)。一審判決の内容は、医療ミスの張本人である主治医の供述を全面的に採用して原告の請求を棄却しました(横浜地横須賀支判平成30年3月26日、平成27年(ワ)第227号)。このような判決には到底承服できないため、東京高裁に控訴しました。
弁護士の方針・対応
一審判決の内容は、電気生理学検査である頻回刺激法がどのような検査なのか理解していないことが窺えたので、この点に関する主張と証拠の補充をしました(一審でも十分な医学的資料を提出していたはずなのですが……)。また、一審でも主治医の責任を肯定する内容の専門医作成の意見書を提出していたのですが、裁判所は、この意見書の内容と主治医の供述内容との食い違いについて比較検討することなく、意見書を全面的に斥け主治医の供述を判決中に引用していたため、採証法則違反も指摘しました。
そうすると、東京高裁も、一審の内容に疑問を持たれたようで、裁判長のほうから、鑑定申出を患者側に促してきました。こうして、東京高裁では、3名の循環器医師による鑑定が実施されることになりました。
結果
鑑定の結果、電気生理学検査の所見でアブレーション治療を実施した主治医の診療行為について、これを有責とする論旨の鑑定書が出揃い、患者側の逆転勝訴判決となりました。具体的には、認容額は7807万5461円で、平成24年8月30日からの年5%の遅延損害金の支払いも命じられております。また、訴訟費用の負担も、病院側が40分の39、患者側が40分の1となっております(東京高判令和2年12月10日、平成30年(ネ)第2231号)。
患者側の請求額は8060万円でしたから、請求額の約97%が認容されたことになります。また、平成24年8月30日からの遅延損害金も付いておりますので、病院側は、7年分以上相当の遅延損害金を支払わなければならないことになります。そうすると、病院側が最終的に支払わなければならない賠償額は1億円を超えることになるでしょう。さらに、訴訟費用もそのほとんどが病院側とされています。死亡事案では、訴額が大きいため、訴訟提起及び控訴の際の貼用印紙額も高額となります。また、本件では、鑑定人3名分の鑑定費用もあります。これらは、全て患者側が支払っているので、これらの費用もほぼ全額回収できます。したがって、患者側にとってはまさに理想的な解決となりました。
本件では、横浜地裁横須賀支部の審理にかなり問題があったと思われます。審理の過程において、庄司芳男裁判長は、一度も釈明権を行使することなく、患者側の弁護士に対して立証活動を促すこともしませんでした。なので、患者側の弁護士としては、裁判所がどの部分に疑問を抱いていたのか全く分かりませんでした。そして、庄司裁判長は、鑑定も不要と述べ和解の提案も行わず棄却判決を出したのです。これでは、控訴されるのは当然でしょう。これに対して、素晴らしかったのは高裁の裁判官です。一審の訴訟記録と患者側の控訴理由書を読んで疑問を抱いた高裁は、第1回口頭弁論期日において、患者側に鑑定の申し出を促してくれて、かつ、病院側に対して、「反論はこれだけですか?」と詰めたため、一審で勝訴したはずの病院側の弁護士さんたちが困惑する一幕もありました。一審判決で、半ば裁判所不信に陥っていだけに、最高の結果で終わることができてとても嬉しく思っております。
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