痴漢で逮捕されたら?
刑罰や逮捕された場合の注意点について
監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長
強制わいせつ罪 | 6ヶ月以上10年以下の懲役(刑法176条) | 公然わいせつ罪 | 6ヶ月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金 又は拘留若しくは科料(刑法174条) |
迷惑防止条例違反 | 6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金(東京都の場合) |
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「痴漢えん罪」という言葉を聞いたことのある方は多いのではないでしょうか。「それでもボクはやってない」という映画のヒットで、多くの人が耳にするようになったと思います。痴漢は、電車、地下鉄等、多くの方が利用する場所で発生することが多いです。日々電車通勤をしている方々にとって、「痴漢の被害に遭うこと」、逆に「痴漢の疑いをかけられること」は他人事ではないのではないでしょうか。
一言で「痴漢」といっても、成立する犯罪はケースバイケースです。痴漢の被疑者になってしまったときには、成立する犯罪を踏まえつつ、適切な対応をしなければなりません。
そもそも痴漢とは?
「痴漢罪」という犯罪はありません。また、「痴漢」という単語の定義をした法令はないようです。
国語辞典では、「痴漢」とは、「女性にみだらないたずらをしかける男」などと定義されています。もっとも、痴漢の加害者が男性のみ・痴漢の被害者が女性のみ、というわけではありません。後述するように、性別を問わず、痴漢の加害者・被害者になり得ます。
痴漢が行われる場所・ケース
前述のように、痴漢は、電車、地下鉄、バスなどといった公共交通機関で多く発生します。警視庁が2020年に発表した統計「都内における性犯罪(強制性交等・強制わいせつ・痴漢)の発生状況(令和元年中)」によれば、迷惑防止条例違反となる痴漢の場所別検挙状況は、電車45%、駅構内19%、店舗内10%、路上9%、商業施設2%、その他15%(トイレ、更衣室等)となっています。
痴漢は、「〇〇に行かなければ被害に遭わない」「〇〇に行かなければ、加害者とならない/加害者にされない」というわけではありません。
痴漢の刑罰
一言で「痴漢」といっても、態様によって、成立する犯罪は様々です。痴漢により、被疑者となってしまった場合、どの犯罪により処罰を求められそうか見極めながら、適切な対応を行う必要があります。
迷惑防止条例違反
迷惑防止条例は、各都道府県の定める条例です。痴漢の中でも、被害者への侵害の程度が比較的軽い態様のものに関し、迷惑防止条例違反が成立します。
例えば、福岡県の場合、①公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由がないのに、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、②‐ⅰ他人の身体に直接触れ、又は衣服の上から触れること、②‐ⅱ卑わいな言動をすることの構成要件を満たせば、迷惑行為防止条例違反が成立します(同条例6条1項)。
迷惑防止条例違反について詳しく見る強制わいせつ罪
強制わいせつ罪は、①十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした場合、又は②十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした場合、に成立します。一般的に、着衣の上から身体に触ると痴漢、着衣に手を入れて肌を直接触ると強制わいせつ罪といったことがいわれますが、区別はそう簡単ではありません。痴漢行為の態様によっては、着衣の上からの接触であっても、強制わいせつ罪が成立することがあります。
強制わいせつ罪について詳しく見る公然わいせつ罪
公然とわいせつな行為をした場合に、公然わいせつ罪が成立します。具体的には、路上や電車内で陰部を露出する行為などが、これにあたります。
公然わいせつ罪について詳しく見る痴漢で逮捕される場合とは
現行犯逮捕
『現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者』が現行犯(刑事訴訟法212条1項)、『罪を行い終つてから間がないと明らかに認められる』場合で一定の要件を満たすものが準現行犯(刑事訴訟法212条2項1号~4号)となります。現行犯・準現行犯は、令状を得た警察官などでなくても、誰でも、逮捕することができます。例えば、痴漢にあった被害者が、「この人痴漢です」といって捕まえた場合が現行犯逮捕、被害者が痴漢をされてすぐに犯人を追いかけている間、駅員が犯人を捕まえた場合が準現行犯です(警察官等以外の一般国民が、逮捕をすることを「私人逮捕」ともいいます。)。
後日逮捕
後日逮捕は、例えば、被害者の供述や防犯カメラの解析などの捜査により犯人を突き止め、裁判所から令状を得て行われる「通常逮捕」が典型例です(刑事訴訟法199条以下)。
逮捕・勾留の流れ
痴漢で逮捕された場合、最大72時間以内の身柄拘束が続きます。逮捕されている間は、家族であっても会うことができません。逮捕されている間、被疑者に会うことができるのは、弁護人又は弁護人になろうとする者(弁護士)に限られます。
逮捕後の流れについて詳しく見る逮捕されない場合
被疑者の身分が安定している場合等、逮捕の必要性がない場合には、逮捕されず、いわゆる在宅で捜査が進みます。この場合でも、警察、検察等から、取調べや実況見分のために呼び出されることがあります。日程調整にはある程度応じてもらえますので、可能な限り取調べ等で呼ばれた場合には応じるようにしましょう。呼び出しに応じないことが続くと、逃亡の恐れありということで逮捕されるリスクもあります。
生活への影響
痴漢で、逮捕されてしまった場合、最大72時間、元の生活に戻れません。また、勾留されてしまった場合、身体拘束がより長期間続くことになります。迷惑防止条例違反では、実名報道まではされないことが多いですが、不自然な欠勤が長期間続けば、職場にばれないとも限りません。また、「痴漢」であっても、強制わいせつ罪として逮捕された場合や起訴された場合、実名報道されることがあります。
いうまでもないですが、「ばれなければ大丈夫」といった軽い気持ちで痴漢を行うべきではありません。また、痴漢や盗撮の場合、依存症になっているようなケースもしばしばあります。近年は、性犯罪等の依存症に対する支援団体や治療機関もありますので、「やめたくてもやめられない」という場合、早急に、適切な支援団体や治療機関の援助を受けるようにしましょう。
痴漢で逮捕された場合すべきこと
実際行った場合は否認せず認める
痴漢を行ってしまった場合、素直に認めることがよい結果につながることが多いです。現行犯逮捕の場合、いわゆる微物検査等により、被害者の供述以外の客観的証拠が収集されていることも多くありますので、否認を続けても言い逃れできなくなるリスクが高いです。また、通常逮捕の場合は、逮捕できるだけの客観的証拠が揃っていることが多いため、不合理な否認は得策ではありません。逮捕、勾留などで身柄拘束されている場合、否認を続けると、否認の理由を排斥するための捜査の必要等から、かえって身体拘束期間が延びることがあります。
このようなリスクを踏まえると、実際に痴漢を行ってしまった場合、素直に認め、示談による不起訴や軽い処分を目指すことが合理的です。
不起訴を獲得し前歴で食い止める
不起訴となったら、前科がつかずに済みます(「前歴」は残ります。)。前科がついた場合、就職活動等で賞罰の申告を求められたら申告しなければならない(虚偽の申告をすると経歴詐称として懲戒処分の対象となる)他、受けた刑罰の重さに応じて、資格や海外渡航などに制限がかかる可能性があります。
不起訴と、刑罰を受けるのとでは、大きな差があります。犯罪の程度によりますが、可能な限り、不起訴獲得に向けて適切な判断をすることが大切です。
痴漢の被疑者となったとき、不起訴となるために何より重要なのは、被害者との示談です。痴漢の加害者本人が、被害者と直接示談をすることは、不可能ではないにしても不適切です(性犯罪の二次被害になりかねません。)。信頼できる弁護人を選任して、示談のための協議をすることが望ましいです。
不起訴について詳しく見る釈放されたいからといって罰金刑にしない
逮捕・勾留されていると、取調官(特に警察官)から、「認めれば罰金で終わる」といった話がされることがあります。しかし、実際に痴漢を行っていても、被害者との示談が成立すれば、不起訴になる可能性もあります。すぐに罰金に応じてしまうより、可能な限り示談と不起訴を目指すべきです。
また、実際に痴漢を行っていない場合、「罰金だから」と応じてしまうことはまさに冤罪による処罰です。このような場合、まず身柄解放を目指しつつ、適切な防御を行うことにより、不起訴を目指すべきです。
痴漢に関する裁判例
痴漢の刑事弁護を行う場合に参照する裁判例として最高裁判所第3小法廷平成21年4月14日最高裁判所刑事判例集63巻4号331頁があります。
この判例は、強制わいせつ罪として起訴された被告人に対し、無罪を言い渡したものです。この判例では、『被告人は、捜査段階から一貫して犯行を否認しており、本件公訴事実を基礎付ける証拠としては、Aの供述があるのみであって、物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維の鑑定が行われたが、Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であった。)。被告人は、本件当時60歳であったが、前科、前歴はなく、この種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない。したがって、Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるのであるが、(1)Aが述べる痴漢被害は、相当に執ようかつ強度なものであるにもかかわらず、Aは、車内で積極的な回避行動を執っていないこと、(2)そのことと前記2(2)のAのした被告人に対する積極的な糾弾行為とは必ずしもそぐわないように思われること、また、(3)Aが、成城学園前駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人のそばに乗車しているのは不自然であること(原判決も「いささか不自然」とは述べている。)などを勘案すると、同駅までにAが受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いをいれる余地がある』
として、被告人を無罪としました。
客観的証拠の有無、被告人の供述の一貫性、被告人の性向、被害者供述の合理性(不合理性)といった、痴漢事件、特に否認事件の弁護をする際の、基礎的かつ重要な検討ポイントを示しています。
よくある質問
痴漢の被疑者が学生だった場合、刑罰に違いはありますか。
前科・前歴がなく、可塑性(更生の余地)があるから軽い処罰にしよう、という判断になる可能性はあります。ただ、「若いから・学生だから、軽く処罰してもらって当然」と考えるべきではありません。犯罪は犯罪であり、若いからこそ、今後、どうしたら再犯をしないで済むか、真摯に考える必要があります。
現場から逃げてしまったのですが、後ほど自首した場合刑罰は軽くなりますか。
一度逃走した後、戻ってきて出頭したことを情状の上で考慮してもらえる可能性はあります。ただし、一度逃走したことの方がより重く見られるのではないかと思われます。
とはいえ、出頭したことで、逮捕のリスクを下げることができるというメリットはあります(なお、必ず逮捕を回避できるわけではありません。)。弁護士を同伴し、身元保証人等を確保した上で、犯罪を認めた上で出頭するのがよいでしょう。
痴漢で逮捕されたら弁護士へすぐご連絡ください
痴漢により被疑者・被告人となった場合、被害者との示談をはじめとした適切な弁護活動が不可欠です。
信頼できる弁護士を見つけることが大切ですので、痴漢により被疑者・被告人となった場合には、必ず弁護士にご相談ください。
この記事の監修
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福岡県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。