在宅事件は長期化する可能性も。呼び出しや示談など在宅捜査中の注意事項
監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長
目次
在宅事件と身柄事件の違い
「在宅事件」とは、逮捕又は勾留による身体拘束がない状態で捜査が進められている刑事事件をいいます。
「身柄事件」とは、逮捕又は勾留により身体拘束されている状態で捜査が進められている刑事事件をいいます。
これらの用語は、刑事訴訟法などの条文には用いられておらず、あくまで慣習的な表現にすぎませんし、起訴又は不起訴という結論に直接結びつくものでもありません。
しかし、刑事事件の捜査を受けている人(被疑者)にとっては、逮捕されるか否かは大きな違いであるといえます。
在宅事件となる条件
刑事訴訟法によると、逮捕又は勾留については、犯罪の嫌疑のほかに、罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれがあることが必要です。また、刑事訴訟法の条文には明確に記載されていないものの、逮捕又は勾留の必要性があることも要件となります。
そうすると、罪証隠滅のおそれがなく、逃亡のおそれもないといえる場合には、逮捕も勾留も認められませんので、在宅事件として捜査が進むこととなります。また、罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれがあるように見える場合であっても、逮捕又は勾留の必要性があるとは認められない場合には、やはり逮捕も勾留も認められず、在宅事件となります。
在宅事件となるケース(具体例)
在宅事件となるのは、逮捕も勾留も認められない場合ですので、罪証隠滅のおそれがなく、逃亡のおそれもなく、逮捕又は勾留の必要性もないケースということになります。
一般的な傾向としては、過失運転致死傷罪(過失による人身事故)や道路交通法違反は、在宅事件として捜査が進められることが大半です。
万引きによる窃盗罪、盗撮による条例違反、暴行罪又は軽微な傷害罪については、逮捕されることなく在宅事件として捜査が進められることは珍しくありませんし、逮捕された後に釈放されて在宅事件に切り替えられることも散見されます。
その反対に、重大・悪質な事件や、共犯者の存在などにより複雑さがある事件については、在宅事件ではなく身柄事件となることがほとんどです。
在宅事件と起訴(略式起訴)
在宅事件であるからといって、起訴されないわけではありません。逮捕も勾留もされずに在宅事件として捜査が進められ、起訴(在宅起訴)されるということは、決して珍しくありません。
そして、裁判所に起訴された後、有罪の裁判が確定した時点で、前科がつくこととなります。
ですから、逮捕されていないからといって、前科がつかないとは言い切れません。
ただし、在宅事件となるのは、事案として重大とはいえないケースが通常です。
ですから、在宅事件の場合、検察官の不起訴処分で終わったり、略式起訴により罰金刑に処せられたりすることが多く、実刑判決まで受けることは少ないでしょう。
在宅事件の基礎率
検察統計によると、全刑事事件について、2020年の起訴率は以下のとおりです。
- 自動車による過失致死傷等事件 12.31%(内訳:公判請求1.36%、略式起訴10.95%)
- 道路交通法等違反 37.89%(内訳:公判請求2.39%、略式起訴35.50%)
- 上記1,2以外 32.49%(内訳:公判請求20.83%、略式起訴11.66%)
以上のとおり、罪名によって起訴率が異なりますし、特に公判請求率が大きく異なりますので、身柄事件であるか在宅事件であるかという観点だけから起訴率を分析することは、あまり有用とはいえません。
ただし、上記統計は、身柄事件と在宅事件を含めた「全刑事事件」の起訴率ですが、在宅事件については、身柄事件よりも重大とはいえないケースが通常です。罪名別の在宅事件の起訴率は、上記統計と同程度又はそれ以下であると思われます。
在宅事件で実刑となることはあるの?
「実刑判決」とは、執行猶予がつかない懲役刑又は禁錮刑の判決のことであり、端的に言うと、刑務所への服役を命じる判決のことです。刑事訴訟法などの条文には用いられておらず、あくまで慣習的な表現にすぎませんが、起訴された人(被告人)にとっては、実刑判決を受けるか否かで大きな違いがあります。
そして、逮捕も勾留もされず、在宅事件として起訴された場合であっても、実刑判決を受ける可能性はあります。
その典型例は、自動車の運転中に大きな過失により歩行者を死亡させたという過失運転致死罪のケースであり、マスメディアで報道されることが珍しくありません(ただし、過失運転致死罪であっても、過失態様などを踏まえて、執行猶予がつく方が多いです。)。
また、前科の内容によっては、法律上、懲役刑又は禁錮刑に執行猶予をつけることができない場合があり(刑法25条)、在宅事件でも実刑判決が宣告されます。
在宅事件の流れ
身柄事件と在宅事件の流れは、以下の図のとおりです。
在宅事件の大部分は、警察官が捜査を開始した上、捜査書類を検察官に送致(又は送付)します。そして、検察官が、最終的に、起訴又は不起訴を決定します。
検察から呼び出しがかかることがあります
在宅事件の大部分は、警察官が捜査を開始した上、捜査書類を検察官に送致(又は送付)します。
そして、検察官は、必要に応じて被疑者の呼出しをします。これは、起訴又は不起訴を決定する上で、取調べを実施する必要があるからです。
その具体的なタイミングは、前の項目の図で示したとおり、「書類送検より後」かつ「起訴又は不起訴の判断よりも前」です。
なお、「書類送検」という言葉の意味は、次の項目で解説します。
書類送検とは?
警察官は、刑事事件の捜査を行った後、その事件を検察官に送致(又は送付)します(刑事訴訟法246条、242条)。
在宅事件の場合、被疑者の逮捕がないので、捜査書類だけを検察官に送ります。これを、マスメディアは慣例的に「書類送検」と呼んでいます。
これは、刑事訴訟法その他の条文には見られない用語ですが、実態に即した表現といえるでしょう。
検察官は、送致(又は送付)を受けた後、必要に応じて被疑者の呼出しをします。
どのように検察から呼び出しがかかるの?
警察官は、その警察署に対応する検察庁の検察官に対して、刑事事件を送致(又は送付)します。
例えば、ある人が東京都内で刑事事件を起こし、東京都内の警察署による捜査を受けた場合、その事件が送致されるのは東京都内の検察庁です。
しかし、在宅事件の場合、逮捕又は勾留されていないので、例えば転勤のために福岡県へ転居するというケースもあり得ます。
この場合、検察庁の担当者に対して事情を説明すれば、その事件が福岡県内の検察庁に移送され、その検察庁に出頭すれば足りるという対応をしてもらえることが通常です。
なお、検察庁からの呼出しは、電話によることが多いですが、郵便による呼出しもあります。また、捜査を担当した警察署を介した呼出しの場合もあります。
在宅事件のメリットは普通の生活ができること
在宅事件の場合、逮捕又は勾留による身体拘束を受けていないので、通常どおり仕事や通学を続けたり、自由に外出したりすることができ、普通の生活を送ることができます。
また、捜査機関は、在宅事件の取調べや実況見分の日程について、被疑者の仕事の都合などを考慮し、ある程度柔軟に対応してくれることが通常です。
このように、身柄事件と比較すると、日常生活への影響が少ないといえる点が、在宅事件のメリットといえます。
在宅事件のデメリットは長期化する可能性があること
在宅事件の場合、身柄事件と比較すると、そもそも捜査が長期化する傾向があります。その理由は、後者については刑事訴訟法上の時間制限が設けられているのに対し、前者については制限が設けられておらず、事件処理が後回しにされやすいためです。
このように、在宅事件は捜査が長期化しやすい傾向にあるという点が、デメリットといえるでしょう。
公訴時効まで捜査が続く可能性も
公訴時効とは、検察官が刑事事件について起訴することができる期間の制限のことであり、法定刑に応じて期間が異なります(刑事訴訟法250条)。
在宅事件となるのは、法定刑が重くはない事件であることが通常ですので、公訴時効について検討しておくことは有益といえるでしょう。
以下は、在宅事件の公訴時効について、代表例を挙げておきます。
- 公訴時効1年・・・軽犯罪法違反、侮辱罪
- 公訴時効3年・・・暴行罪、脅迫罪、名誉棄損罪、業務妨害罪、器物損壊罪
在宅捜査中にできること
在宅事件の場合、逮捕又は勾留による身体拘束を受けていないので、通常どおり仕事や通学を続けたり、自由に外出したりすることができます。
捜査機関による取調べを受けたり、実況見分に立ち会ったりするときを除いては、普通どおりに日常生活を送ることができます。
また、逮捕又は勾留中の接見とは異なり、お互いの日程の都合さえ合えば、弁護士と自由に連絡を取ったり、アドバイスを受けたりすることもできます。
特に、在宅事件としての捜査中、少しでも有利な情状を得られるようにするため、弁護士を介して被害者との示談交渉を行うことは、珍しくありません。
在宅捜査中に注意すること
前の項目のとおり、在宅事件としての捜査中、法律上の制約を受けずに自由に生活することができるとはいえ、注意しておく点はありますので、以下の記事で詳しく解説します。
検察の呼び出しにはきちんと応じましょう
在宅事件の場合、捜査機関から電話や郵便で呼出しを受けることがあります。
これは、取調べ等のための任意出頭を求めるものにすぎず、これに応じるべき法的義務まではありませんが、放置することはお勧めできません。
その理由は、任意出頭に応じないことが繰り返された場合、捜査機関が身柄事件への切り替えの必要性があると判断し、逮捕状を請求する可能性があるからです。
逮捕状が発布されるか否かは、裁判官の判断によりますし、もし逮捕された場合であっても、勾留されるか否かは更に裁判官の判断によりますが、逮捕・勾留の危険が生じることは否定できません。
特に、検察庁からの呼出しは、事件から数か月以上後で行われることが通常ですので、つい気が緩んでしまうかもしれませんが、軽視又は無視すべきではありません。
仕事の都合などに応じて、日程調整を図るなどの適切な対処が望ましいでしょう。
在宅捜査中の行動に気を付けましょう
在宅事件の場合、罪証隠滅又は逃亡を疑われかねないような行動を慎むべきです。
例えば、被害者との示談交渉については、報復を図ったかのように誤解されるおそれがあるため、特に慎重にすべきであり、直接の接触は避けた方が望ましいでしょう。実務上、まず捜査機関を介して被害者に示談申出をすることは珍しくありませんし、弁護士による示談交渉であれば誤解を避けやすいといえるでしょう。
また、捜査中に引っ越しをしたり、電話番号を変更したりする場合、逃亡のおそれがあると誤解されないようにするため、捜査機関に連絡をしておくことが望ましいでしょう。
これらは、法律上の義務ではありませんが、逮捕状を請求されてしまうことを回避するための予防策です。
在宅事件でも逮捕される可能性があります
在宅事件として捜査が進行している場合であっても、捜査機関が罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれ及び逮捕の必要性があると判断した場合、裁判所に逮捕状を請求する可能性があります。そして、裁判所が逮捕状を発布すると、被疑者は逮捕されてしまいます。
このように、在宅事件であっても逮捕される可能性があることを念頭に置いた上、前の記事で解説したような点に気を付けていただき、誤解を招くような行動は慎む方が望ましいでしょう。
在宅事件は弁護士に相談を
在宅事件は捜査のペースが遅い上、取調べの回数も身柄事件よりは少ないことが通常であるため、前科がつくことはないだろうなどと軽信してしまうことは珍しくありません。
しかし、在宅事件であっても、捜査の途中で逮捕される可能性は否定できませんし、最終的に在宅起訴されて前科がついてしまうことは、珍しいことではありません。
正しい法的知識に基づき、不起訴処分その他の有利な結果を得られるようにするため、在宅事件についても、弁護士に御相談ください。
この記事の監修
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福岡県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。