労務

ハラスメントが企業経営に及ぼす悪影響

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞

監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士

ハラスメントは、被害者だけでなく、モチベーション低下、生産性の低下、離職など、企業経営に対して容易に改善できない悪影響を及ぼしかねず、甘く見ていると取り返しのつかないことに繋がりかねません。

目次

ハラスメントが企業に及ぼす悪影響とは

職場環境の悪化

ハラスメントが横行する職場の雰囲気が悪くなることは容易に想像できるのではないでしょうか。また、ハラスメントを放置することで、許されることだと勘違いし、次のハラスメントを呼び込む結果、ハラスメントが横行する職場となってしまいます。

生産性低下による業績悪化

ハラスメントが横行する会社に対して、仕事でいい結果を出して報いようと感じる人はいないのではないでしょうか。結果、生産性の低下を招き、業績悪化へとつながりかねません。

人材流出のリスク

ハラスメントが許されている職場で働き続けたいという人はいないでしょう。だいたいが、転職が容易な優秀な人材ほど職場を去っていきます。

企業イメージの低下

インターネットやSNSの普及により、個人が情報発信をする時代です。転職サイトや口コミサイトにハラスメントの事実が投稿されてしまうと、容易に企業イメージが低下します。

ハラスメント問題と企業への損害賠償リスク

ハラスメント行為を見逃せば、使用者である企業は、労働契約上の安全配慮義務違反(労働契約法5条)、使用者責任(民法715条)、代表者の行為についての損害賠償責任(会社法350条)を理由に損害賠償責任を問われかねません。

いわゆる労災認定基準にもハラスメント行為が明記されており、最悪の場合、精神疾患から自殺という事態になれば、賠償額も極めて高額となります。

なお、ハラスメント自体が軽いものだったとしても、他の過重動労の事実や精神的負荷の大きい業務に従事していた場合には、これらの精神的負荷と併せて、労災認定がされることも少なくありませんので、ハラスメントにだけ注目することのないようにしてください。

企業が負う法的責任とは

ハラスメント加害者は、被害者に対して、不法行為に基づく損害賠償責任を負います。それだけでなく、企業は、使用者として使用者責任や労働契約上の安全配慮義務違反があったとして債務不履行責任も負うことがあります。

ハラスメントについて損害賠償請求された判例

裁判所の判断(名古屋高裁平成29年11月30日判決・労働判例1175号26頁) 

先輩従業員2名(Y1・Y2)からのパワハラによって、娘Aがうつ病に罹患し自殺したとして,両親が、会社と先輩2名を相手に合計約6500万円を請求した事案。

経緯

平成21年4月
 Aが高校卒業して入社 総務部配属
 業務:仕入伝票の発行等の入力作業、備品管理、文具発注等の経理事務(指導担当Y2)
 当初の人間関係:Y2がAを食事に誘う等良好な関係

平成21年7月
 同期入社のBの仕事が遅くミスも多く、叱責されるなどして体調を崩し退社
 Y2は、Aのミスの原因を一緒に考える、定規を当てて入力、2回チェック、
 付箋で注意喚起するなど指導した。

平成23年9月
 ミスの多い他の従業員が子会社へ出向したことにより、Aへのあたりがきつくなる。
 「てめぇ」と呼びかける。
 大声で「あんた,同じミスばかりして。」などと男っぽい口調で叱るようになる。

平成23年10月
 Aが会社を欠勤
 母親が会社に、Aに対するいじめを申告,相談。
 「叱る際に口調が強いのではないか」などとY2が指導を受ける。
 なおも、ミスが減らず、「親に出てきてもらうくらいなら,社会人として自覚を持ってミスのないようしっかりして欲しい。」旨の発言。

平成24年4月
 担当者の退社に伴い、営業事務へ配置転換(指導担当Y1)
 業務:販売先の売り上げ内容の入力作業
 引き継ぎも不十分で、かつ、ミスも頻発したため、Y1が「大丈夫か」と声をかけるとB「大丈夫です。」と返事。呼び出し「何度言えばわかるの」と強く注意することがあった。

平成24年6月
 自宅マンション10階から飛び降り自殺

判決概要

本件では、上司2名の叱責する過程に、人格非難があれば、違法性が明らかですが、もっともきついもので「てめぇ」という程度であったが、上司2名が時には一緒になって継続的かつ頻回に長時間にわたり、大声や強い口調で「何度言ったらわかるの」などと叱責をした点が重視され、威圧感や恐怖心を与えるもので、業務上の指導の範囲を超えると認め、不法行為を構成(いわゆるパワハラ)するとされています。

また、Aのミスが減らなかった原因は,上司が「感情的にAに叱責を繰り返したことにより、Aの心理的負荷が蓄積されたことも相当程度影響している。」などとし、ミス⇒叱責⇒更なるミスという悪循環が心理的負荷を増大させていると判断しています。
会社としては、Y1Y2の叱責を制止ないし改善するよう注意改善すべき義務があったにもかかわらず、これを放置したと言わざるをえない。また、業務内容の改善や分配の見直し等を検討し、必要な対応をとるべき義務を怠った。「大丈夫です。」と言っていても、萎縮していれば正直に話せない。などと判断しています。

そのうえで、いわゆる労災認定基準を用い、それぞれ「いやがらせ,いじめ」のうち心理的負荷「中」,「配置転換」による心理的負荷「中」とし、総合的に「強」に相当するとして、自殺との因果関係を認め、合計約5500万円の支払い義務を認めています。

ポイント

指導を続けても、改善しないような場合には、従業員が委縮してしまい、更なるミスを呼ぶ可能性があり、上司の指導によっては、部下の労働生産性を低下させる可能性があることを認識しないことがわかります。

また、言葉自体はたいしたことがなくても、配置転換などと合わされば、業務起因性が認められることもあるため、ハラスメントの内容だけでなく、他に業務負荷がかかっていないかを把握することも重要です。更には、従業員の「大丈夫です。」は信用してはいけないので注意が必要です。

本件は、会社が、パワハラを把握していたにもかかわらず、これを軽視し、改善しようとしなかったことで、死亡労災にまで発展した事案であり、ハラスメント等を把握した場合には、早期に対処することが極めて重要といえます。

企業経営におけるハラスメント対策の重要性

ハラスメントは、被害者に対する法的責任について目が行きがちですが、企業経営に大きな打撃を与えかねない、経営問題であることを忘れてはなりません。経営者として、積極的に取り組むべき問題ととらえず、甘くみていると、取り返しのつかない経営危機を招きかねませんので、最重要課題の一つとしてとらえるべきです。

ハラスメントに関するQ&A

ハラスメントが発生した場合、従業員にはどのような影響がありますか?

従業員のメンタル不調、労災、モチベーション低下による業務効率、生産性の低下、人材の流出などの影響があります。

職場でハラスメントが発生した場合、企業名は公表されてしまうのでしょうか?

ハラスメントが発生したからといって、労基署など公的機関が企業名を公表することは義務付けらえれておりません。もっとも、ハラスメントの防止措置を怠り勧告に従わない場合など、企業名が公表されることとされています。

ハラスメントにより会社の業績が悪化しました。ハラスメントをした従業員に対し、損害賠償を請求することは可能ですか?

理屈上は、不可能ではないでしょう。もっとも、業績悪化との具体的な因果関係や損害額の立証は容易ではないため、請求が認められる場合は少ないといえます。

パワハラがあったことで職場秩序に乱れが生じています。改善するにはどのような措置が必要ですか?

一度、悪化した職場秩序を改善することは容易ではありません。社内全体へ、ハラスメントを許さない姿勢をトップメッセージなどで周知し、ハラスメント行為者に対する処分を厳格に行うこと、社内研修の実施など、ハラスメント防止措置義務を積極的に実施していくことは一つの方法だといえます。

職場のハラスメントについてSNSによる拡散を防ぐために、会社がすべきことはありますか?

ハラスメントに対して、厳しく対処し、会社の毅然とした姿を見せることで、従業員がまもられていると感じれば、敢えて自社の評判を貶めるような投稿がされる可能性は低くなるといえます。

ハラスメントにより自殺者が出た場合、会社はどのような責任を負うのでしょうか?

ハラスメントと精神疾患による自殺とに業務起因性が認められれば、多くの場合、会社の安全配慮義務違反などに基づいて、損害賠償義務を負うことになります。

職場におけるハラスメントにはどのようなものがあるのでしょうか?

代表的なものがパワハラやセクハラでしょう。その他、マタニティハラスメント、カスタマーハラスメント、アルコールハラスメント、ジェンダーハラスメント、コロナハラスメントなど様々言われています。ハラスメントに該当するかどうか気にされることが多いかもしれませんが、名称は重要ではなく、被害者が社会通念上受任すべき限度を超えるような被害を受けるものがハラスメントだと考えておくほうが良いように思います。

パワハラにより、うつ病を発症した従業員から労災請求された場合、どのような手続きが必要ですか?

労災申請書類の事業主証明欄へ記載を求められることが多いでしょう。これを拒否した場合、労基署から拒否した理由について確認がされるなどします。事業主証明は、労災であることを認めるわけではなく、会社としての言い分を記載し、労基署の調査に対しても会社の認識を資料と共に伝えることが重要です。

ハラスメントによる人材流失を防ぎたいため、退職の申し出を拒否することは可能ですか?

労働者には、職業選択の自由があり、会社が退職の申出を拒否することはできません。不当に拒否してしまうと、これが更なるハラスメントとなりかねません。

ハラスメントは企業経営に大きな影響を及ぼします。ハラスメントの発生・拡大を防ぐためにも弁護士にご相談下さい。

ハラスメントが発生しないように、研修を実施するなど、予防することが重要です。万が一、ハラスメントが発生した場合には、初動が何より重要です。ハラスメント事象の申告があれば、事実調査のうえ、適切に対応しなければなりません。ところが、事実調査はそう簡単なものではなく、専門家のアドバイスを受けて進められることをお薦めします。

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞
監修:弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)
福岡県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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