監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
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2020年6月1日から施行されていたパワハラ防止措置の義務化ですが、2022年4月1日からは、中小企業に対しても法的義務となっています。。
目次
2022年から中小企業もパワハラの防止措置が義務化
2022年4月1日以降は、中小企業においてもパワハラ防止措置を講じなければならなくなりました。
パワハラ対策が必要となる「中小企業」の定義とは?
義務化が猶予されていました中小企業とは、次のものです。
【(1)または(2)のいずれかを満たすもの】
業種 | (1)資本金の額又は出資の総額 | (2)常時使用する従業員の数 |
---|---|---|
小売業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 (サービス業、医療、福祉等) | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種(上記以外) | 3億円以下 | 300人以下 |
どのような行為がパワハラにあたるのか?
パワハラに該当するとされる言動の代表的なものとして6類型あります。
類型 | 該当例 | 非該当例 |
---|---|---|
1身体的な攻撃 | ・殴打、足蹴りを行う ・相手に物を投げつける | ・誤ってぶつかる |
2精神的な攻撃 | ・人格否定
・性的指向、性自認に関する侮辱的な言動 ・必要以上の厳しい叱責 ・他の労働者の面前における威圧的な叱責 ・相手の能力を否定し、罵倒する内容のメールを、本人を含む複数の者に送信する |
・ルールを欠いた言動を注意しても改善されない場合に、強く注意する ・重大な問題行動を行った者に対して、強く注意する |
3人間関係からの切り離し | ・仕事を外し、長期間にわたり別室に隔離したり自宅研修をさせる ・集団で無視し、孤立させる |
・新規採用者の育成のため、短期間集中的に別室で研修を実施する ・懲戒処分者に対し、通常業務に復帰させるために、一時的に別室で研修を受けさせる |
4過大な要求 | ・長期間、過酷な環境下で、勤務に直接関係ない作業を命じる ・新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま、到底達成できないレベルの目標を課し、達成できなかったときに厳しく叱責する ・業務と関係ない雑用をさせる |
・育成のため現状の能力より少し高いレベルの業務を任せる ・業務の繁忙期に、業務上の必要性から、通常時より一定程度多い業務処理を任せる |
5過小な要求 | ・管理職に対し、誰でもできる業務を行わせる ・気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない |
・労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する |
個の侵害 | ・職場外で継続的に監視する ・性的指向、性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、本人の了解を得ずに他の労働者に暴露する |
・労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングをする ・労働者の了解を得て、性的指向、性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促す |
中小企業に課せられるパワハラ防止措置の内容とは?
4つの義務があるとされており、具体的な内容は、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して 雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)、いわゆるパワハラ指針で次のように示されています。
①事業主の方針の明確化およびその周知・啓発
講ずべき措置の内容 | 適切に講じていると認められる例 |
---|---|
①パワハラの内容及びパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること | ◆就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、パワハラを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定と併せて、パワハラの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること。 ◆社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等にパワハラの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を記載し、配布等すること。 ◆職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。 |
②パワハラ行為者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。 | ◆就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること。 ◆職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者は、現行の就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において定められている懲戒規定の適用の対象となる旨を明確化し、これを労働者に周知・啓発すること。 |
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
講ずべき措置の内容 | 措置が講じられていると認められる例 |
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①相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること | ◆相談に対応する担当者をあらかじめ定めること ◆相談に対応するための制度を設けること ◆外部の機関に相談への対応を委託すること |
②相談窓口の担当者が、相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること | ◆相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、相談窓口の担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みとすること ◆相談を受けた場合、あらかじめ作成した留意点等を記載したマニュアルに基づき対応すること ◆相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合の対応の研修を行うこと |
③職場におけるパワハラの事後の迅速かつ適切な対応
講ずべき措置の内容 | 措置が講じられていると認められる例 |
---|---|
①事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること | ◆相談窓口の担当者・人事部門・専門の委員会等が、相談者・行為者の双方から事実関係を確認すること その際、相談者の心身の状況や言動が行われた際の受け止め等その認識にも適切に配慮すること 相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること ◆事実関係を迅速かつ正確に確認しようとしたが、確認が困難な場合等において、法30条の6に基づく調停の申請を行うこと(以下、紛争調整委員会による調停)その他中立な第三者機関に紛争処理を委ねること |
②パワハラが確認できた場合、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと | ◆事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助・被害者と行為者を引き離すための配置転換・行為者の謝罪・被害者の労働条件上の不利益の回復・管理監督者や事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること ◆紛争調整委員会による調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を被害者に対して講ずること |
③パワハラが確認できた場合、行為者に対する措置を適正に行うこと | ◆就業規則等におけるパワハラに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助・被害者と行為者を引き離すための配置転換・行為者の謝罪等の措置を講ずること ◆紛争調整委員会による調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を行為者に講ずること |
④再発防止に向けた措置を講ずること (パワハラが確認できなかった場合も同様の措置を講ずること) | ◆パワハラを行ってはならない旨の方針・パワハラ行為者に厳正に対処する旨の方針を社内報等に改めて掲載し、配布等すること ◆労働者に対してパワハラに関する意識を啓発するための研修・講習等を改めて実施すること |
パワハラ被害者への対応
パワハラの事実が確認できた場合には、関係改善に向けた援助、配置転換、行為者からの謝罪、メンタルヘルス不調に関する相談対応などが求められます。
注意すべきは、被害者にとってはあまり知られたくないことですし、パワハラを申告したことで問題社員だと思われて不利益を受けるのではないかと不安に思っていることが多いことです。まずは、被害者の意向を聞き、できるだけ被害者の心情に配慮した対応が求められます。
パワハラ行為者への対応
パワハラ行為に対しては、曖昧にせず毅然とした対応が求められ、懲戒処分の検討、配置転換、謝罪等を検討しなければなりません。
④①~③とあわせて講ずべき措置
講ずべき措置の内容 | 措置が講じられていると認められる例 |
---|---|
①相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること ※プライバシーには、性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれる | ◆相談者・行為者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、そのマニュアルに基づき対応すること ◆相談者・行為者等のプライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと ◆相談窓口においては相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じていることを、社内報等に掲載し、配布等すること |
②パワハラの相談等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること | ◆就業規則等において、パワハラの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、周知・啓発すること ◆社内報等に、パワハラの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、配布等すること |
中小企業がパワハラ防止対策に取り組むメリット
労働事件の特徴ですが、訴訟など紛争になった場合に、○○会社事件などと会社名を付した事件名が付けられ、雑誌やwebサイトに掲載されてしまうと、長きに渡ってネット上にネガティブな情報が残ることになります。
また、最近では、ブラック企業大賞などというものがあり、ノミネートなどされてしまうと大変です。現代では、SNSが広く普及し、個人でもネット上に発信する時代ですから、パワハラを安易に考えていると、社会的信用を失いかねません。
最近では、採用応募者もネットで情報を検索して応募してきますので、採用にも影響するでしょう。パワハラを放置するような企業では、マネジメントに問題があることも多く、優秀な人材が流出することにもなりかねません。
パワハラ防止対策は、社会的信用維持や採用にも重要な最重要課題の一つと考えておくべきでしょう。
パワハラの防止措置義務を怠った場合はどうなる?罰則は?
パワハラに対して適切に対応したかどうかは、労災認定基準の考慮要素になりますので、パワハラ防止措置義務を講じず放置した場合、労災認定される可能性が高まります。また、パワハラを放置したことは、当然、使用者の安全配慮義務違反ですから、損害賠償義務を負う可能性が高いといえるでしょう。
なお、パワハラ防止措置を怠ったことに対して、罰則はないものの、助言指導勧告に従わない場合には、企業名が公表されることができることとされています。
パワハラだけでなくセクハラ・マタハラ等の対策も必要
パワハラに関して防止措置義務が課される以前から、ほぼ同様の義務がセクハラやマタハラにも課されていますので、セクハラやマタハラに関する防止措置義務を怠らないようにしてください。
セクハラ、マタハラ、パワハラのいずれに該当するのかを気にされる企業も多いですが、これらは複合的に発生することも多いので注意してください。
職場内でのパワハラに関する裁判例
事件の概要
先輩従業員2名からのパワハラによって、娘Aがうつ病に罹患し自殺したとして、両親が、会社と先輩2名を相手に合計約6500万円を請求した事案でした。
自殺までの経過は次のようなものでした。
平成21年4月 Aが高校卒業して入社 総務部配属
業務:仕入伝票の発行等の入力作業、備品管理、文具発注等の経理事務(指導担当Y2)
当初:Y2がAを食事に誘う等良好な関係
平成21年7月 同期入社のBは、仕事が遅くミスも多く、叱責されるなどして体調を崩し退社
Y2は、Aのミスの原因を一緒に考える、定規を当てて入力、2回チェック、付箋で注意喚起するなど指導した。
平成23年9月 ミスの多い他の従業員が子会社へ出向したことにより、Aへのあたりがきつくなる
「てめぇ」と呼びかける大声で「あんた、同じミスばかりして。」などと男っぽい口調で叱るようになる。
平成23年10月 Aが会社を欠勤
母親が会社に、Aに対するいじめを申告、相談。
「叱る際に口調が強いのではないか」などとY2が指導を受ける
なおも、ミスが減らず、Aに対して「親に出てきてもらうくらいなら、社会人として自覚を持ってミスのないようしっかりして欲しい。」旨の発言あり。
平成24年4月 担当者の退社に伴い、営業事務へ配置転換(指導担当Y1)
業務:販売先の売り上げ内容の入力作業
引き継ぎも不十分で、かつ、ミスも頻発したため、Y1が「大丈夫か」と声をかけると、B「大丈夫です。」と返事。
呼び出して「何度言えばわかるの」と強く注意することがあった。
平成24年6月 自宅マンション10階から飛び降り自殺
裁判所の判断(名古屋高等裁判所平成29年11月30日判決・労働判例1175号26頁)
本件では、上司2名の叱責する過程に、人格非難があれば、違法性が明らかですが、もっともきついもので「てめぇ」という程度であったが、上司2名が時には一緒になって継続的かつ頻回に長時間にわたり、大声や強い口調で「何度言ったらわかるの」などと叱責をした点が重視され、威圧感や恐怖心を与えるもので、業務上の指導の範囲を超えると認め、不法行為を構成(いわゆるパワハラ)するとされています。
また、Aのミスが減らなかった原因は,上司が「感情的にAに叱責を繰り返したことにより、Aの心理的負荷が蓄積されたことも相当程度影響している。」などとし、ミス⇒叱責⇒更なるミスという悪循環が心理的負荷を増大させていると判断していると判断しています。
そのうえで、会社について、Y1Y2の叱責を制止ないし改善するよう注意改善すべき義務があったにもかかわらず、これを放置したと言わざるをえず、業務内容の改善や分配の見直し等を検討し、必要な対応をとるべき義務を怠ったとしています。
そして、いわゆる労災認定基準と同様に、それぞれ「いやがらせ,いじめ」のうち心理的負荷「中」,「配置転換」による心理的負荷「中」とし、総合的に「強」に相当するとして、自殺との因果関係を認めています。
ポイント・解説
会社が、パワハラを把握していたにもかかわらず、これを軽視し、改善しようとしなかったことで、死亡労災にまで発展した事案ですが、似たような状況はよくあるのではないでしょうか。
指導を続けても、改善しないような場合には、従業員が委縮してしまい、更なるミスを呼ぶ可能性があり、上司の指導によっては、部下の労働生産性を低下させる可能性があることを認識しなければなりません。
中小企業におけるパワハラ対策でお悩みなら弁護士にご相談ください。
中小企業だからといって、パワハラ対策を怠ることは許されず、大企業と同様の対応が求められると考えておくべきでしょう。大企業と違い、中小企業の場合は、経験が少ないことも多く、まだまだ曖昧に対応していることが多いのではないでしょうか。
かといって、経験のある人材を簡単に採用することは難しいのが実情だと思います。中小企業こそ、弁護士などの専門家へ相談しながら進める必要性が高いといえますので、是非、専門家を頼るようにされてください。
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