労務

定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞

監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士

定額残業代については、これまでの多くの判例裁判例が示されてきました。定額残業代といっても様々な形のものがあり、最近でもいくつか最高裁判決がでています。定額残業代は、適切に導入することで残業時間の削減に繋がりますが、間違えば多額の未払い残業代が発生しかねません。今一度、定額残業代について確認されることをお勧めします。

目次

定額残業代制の導入と懸念事項

定額残業代を誤って導入していると大きなリスクとなります。

未払い残業代請求における問題点

定額残業代は、一定の時間の割増賃金(時間外労働、休日労働、深夜労働割増賃金)を定額で支給する制度で、この制度自体は違法ではありません(最判平成29年7月7日集民256号31頁)。もっとも、就業規則や労働契約で適切な仕組みとしておかなければ無効となってしまいます。

定額残業代が無効とみなされた場合のリスク

定額残業代の制度が無効とされた場合、残業代が支給されていないことになりますので、未払残業代が生じることになります。しかも、この未払残業代を計算するにあたり、割増賃金の計算の基礎に定額残業代の金額が含まれることになります。全く予定していなかったにもかかわらず、基本給などが増えてしまううえ、定額残業代を採用していなければ支払うことがなかった残業代が発生する結果となり、初めから適切に残業代を払っておいた方が良かったという結果になってしまいます。

定額残業代に関する裁判例

定額残業代については、これまでいくつも判例、裁判例がでています。いずれの判例裁判例においても、基本的には、定額残業代は、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」とを明確に判別できるかどうかが基準になっているといえます。この基準は「明確区分性」と言われています。もっとも、判決文をよく読むと、明確に区分できるかどうかということ以外の事情も考慮していることが窺われます。

事件の概要 (最判平成30年7月19日判決集民259号77頁〔日本ケミカル事件〕)

薬局に勤務する薬剤師が、会社に対して、未払残賃金(割増賃金)を請求した事案です。主な争点は、当該薬剤師に、基本給46万1500円とは別に支給されている業務手当10万1000円が、割増賃金に支払いと認められるか否か(定額残業代として有価なのか)どうかでした。

この会社では、賃金規定に業務手当が時間外の代わりに支給するものであることが記載されており、また、労働条件の確認書でも30時間分の割増賃金として業務手当が支給されることが明記されているなど、業務手当が定額残業代(割増賃金の支払い)であることは明らかでした。もっとも、休憩時間に労働させていたにもかかわらずタイムカードではそのことが明らかにならない状況であったこと(出社、退社時の管理のみ)、給与明細に残業時間が明記されていないことなど、労働者が、自身の残業時間を明確に把握できないことなどを理由に、原審では、業務手当は割増賃金の支払いとしては認めないとされていました(定額残業代としては無効)。
最高裁では、原審の判断を否定し、業務手当は割増賃金の支払いとして認められました。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

まず、最高裁は、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし、労働基準法37条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されないなどとしています。

そのうえで、雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていることや、当該労働者以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、上告人の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができること、また、当該労働者に支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではないことを理由に、業務手当を割増賃金の支払として認め、定額残業代制度として有効と判断しています。

ポイントと解説

本判決は、最高裁が、明確区分性に加えて、対価性をも考慮して、労働基準法27条の割増賃金の支払いと言えるか否かを判断していると言われることがありますが、明確区分性の評価に対価性をも考慮していると考えているという方が良いように思います。

いずれにしても、本件で、原審と最高裁との判断を分けたのは、労働者が、自身の残業時間(労働時間)及び残業代(割増賃金の額)を把握できるようにしておくため、どこまでのことを会社に要求するか否かだと思われます。原審は、休憩時間や給与明細に明示しておくことまでを要求したと考えらえれますが、最高裁はそこまでは要求していないといえます。
もっとも、定額残業代を有効とされるには、どこまで求められるかは不明確です。全く労働時間の管理は必要ないというわけではないでしょう。

定額残業代制が有効となるための要件

様々な判例・裁判例を踏まえれば、定額残業代制度が有効となるためには、明確区分性と対価性要件という言葉を使うかは別として、少なくとも次の条件は満たしておくことが安全です。

①定額残業代として支給する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしていること

②割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならないこと

③労働時間管理は適切に行うこと

定額残業代制に関するQ&A

「定額残業代」と「みなし残業代」の違いを教えてください。

定額残業代は、予め定めた金額を一定の時間の残業代として支給する制度です。みなし残業代と呼ばれることもありますが、呼び方の違いで同じ意味で用いられていることも多いようです。呼び方ではなく、その具体的な内容によって判断することが必要です。
ちなみに、“働いた時間”にかかわらず、あらかじめ決められた時間(=所定労働時間)の分だけ働いたものと扱う、【みなし労働時間制】というものがありますが、これとは全く異なるものです。

定額残業代制を導入するメリットを教えてください。

残業しようがしまいが、定額残業代は支給されますので、仕事を効率よく終わらせれば、労働時間が短くても同じ賃金を受け取ることができるため、残業時間の削減になることが期待されます。
労働時間を管理しなくてもよいと勘違いされている場合がありますが、労働時間を管理しないといけない事に変わりはありませんので注意してください。

定額残業代が有効と判断されるために、就業規則にはどのように定めるべきでしょうか?

定額残業代として支給する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示することが必要です。また、超過分は別途支給することも記載しておくべきでしょう。
例えば、次のような内容を定めておくべきです。
①定額残業手当は、法定時間外・休日・深夜労働の対価として支給するものである。
②●時間分の割増賃金(法定時間外●時間、休日労働●時間、深夜労働●時間分)として、定額残業手当●円を支給する。(※具体的な金額、時間数などは個別の契約に委ねることでも構いません。)
③実際の割増賃金の額が定額残業手当を超過する場合には、差額を別途支給する。

定額残業代制の残業時間の上限について、法律上の規定はありますか?

定額残業代に関する残業時間に法律上の上限はありませんが、時間外労働の上限は守らなければならないでしょう。何時間であれば、定額残業代として認められるといえるものではなく、様々な具体的な事情を加味して、裁判所はその有効性を判断しています。時間外労働の上限規制を守るようにされることをお薦めします。

雇用契約書に定額残業代について明記していなかったのですが、後から記載しても問題ないでしょうか?

雇用契約書に後から勝手に記載することはできません。また、労働条件の不利益変更にもなる可能性がありますので、個別に丁寧に説明の上、同意を取って労働契約の内容(労働条件)の変更合意を行ってください。

法定の割増賃金と定額残業代の差額を支払わない場合、罰則などはあるのでしょうか?

賃金の支払いを怠っていることになりますので、労働基準法120条にあるとおり、30万円以下の罰金とされる可能性があります。 

定額残業代制の金額は明示していませんが、「基本給に1か月15時間分の残業代を含む」と記載しています。残業代の支払いとして認められますか?

明確区分性などの要件を満たす内容であれば、認められます。

定額残業代制を廃止する際に、労働者の同意は必要ですか?

不利益変更と考えられますので、原則として、労働者の同意が必要となります。

労務管理は時代の変化へ柔軟に対応する必要があります。定額残業代制に関する労使トラブルを回避するためにも、弁護士に依頼することをお勧めします。

定額残業代は誤ると大きなリスクを伴うものですから、制度導入時はもちろん、制度を中止するときにも専門家に確認しつつ進めることをお薦めします。

福岡法律事務所 所長 弁護士 今西 眞
監修:弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)
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