監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
民法では、「夫婦は、その資産、収入、その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」(民法760条)と規定されています。収入を得ることができる夫(妻)は、その配偶者や子供の生活を守るために婚姻費用を支払う義務があり、婚姻関係において最も重要な事柄の1つです。
ここでは、婚姻関係において最も重要な事柄の1つである婚姻費用について解説していきます。
目次
婚姻費用とは
婚姻費用とは、「夫婦と未成熟子を中心とする婚姻家族が、その財産、収入、社会的地位等に応じて通常の共同生活を保持するに要する費用」のことで、簡単にいえば「家族が共同生活を送るうえで必要な一切の費用」のことです。
平穏な同居家族であれば、収入がある者が家計を担い、自然と婚姻費用が支払われていますので、婚姻費用を意識することは少ないでしょう(もちろん同居中でも十分な生活費が支払われない場合には問題になります。)。ところが、夫婦が別居すると、家族の共同生活が分断されることから、どこまで生活を保障しなければならないのか(婚姻費用をどちらが幾ら払うべきなのか)、婚姻費用の問題が表面化します。
夫婦は、相手の生活をどの程度保障しなければならないのでしょうか。
婚姻費用の分担義務(生活保持義務)について
そもそも、夫婦は、相互に扶助義務(民法752条)を負っており、助け合う義務があります。これは同居の有無に関係なく、夫婦という関係から生じるものです。この相互扶助義務を前提に「夫婦は、その資産、収入、その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」(民法760条)こととされているわけです。
そして、婚姻費用分担義務の程度としては、生活保持義務(自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させる義務)だと考えられており、生活扶助義務(自分の生活を犠牲にしない限度で、被扶養者の最低限の生活扶助を行う義務)よりも高い水準が求められています。
どういった費用が、婚姻生活から生じる費用なのでしょうか。
婚姻費用の内訳
婚姻費用には、主に次の費用が含まれると考えられています。
- ・夫婦の衣食住の費用
- ・子の監護に関する費用
- ・教育費
- ・出産費
- ・医療費
- ・葬祭費
- ・相当な娯楽費、交際費
もっとも、父子関係が無いことが明白な子の出産費用は婚姻生活とは無関係ですから、婚姻費用には含まれないと考えるのが一般的です。このように、費目だけで判断できない場合もあり、婚姻から生じる費用であるか否かは、個別具体的に判断されるべきものです。
婚姻費用を請求できるケースとできないケース
婚姻費用の支払い義務を怠る配偶者に対して請求することが可能です。もっとも、いかなる状況であっても請求できるわけではありません。
婚姻費用を請求できるケース
例えば、双方の収入額や同居する子の有無などにもよりますが、次の場合などは請求可能です。
- ・夫(妻)が、「呑む、打つ、買う」で浪費し、収入があるのに生活費を入れてくれない場合
- ・働けるのに働かず、ゴロゴロしている夫(妻)に対して請求する場合
- ・相手が不貞したことが原因で別居となった場合
- ・性格の不一致で、別居となった場合
- ・離婚することを前提に別居した場合
が挙げられます。
夫婦が別居するには、それなりに理由があります。不貞や悪意の遺棄、婚姻関係を継続し難い重大な事由といった離婚事由(民法770条)があったとしても、基本的には、離婚成立までは婚姻費用の分担義務を免れることができません。
なお、内縁関係(事実上婚姻関係と同視できる関係)にある場合でも、婚姻費用が認められます。内縁関係なのですが・・・とご相談を受けることもありますが、残念ながら内縁関係と認められる事案は多くはありません。
婚姻費用を請求できないケース
例えば、次のような場合には、婚姻費用は請求できない可能性が高い若しくは金額が低くなります。
- ・子供がおらず、夫婦が同程度の収入である場合
- ・自分が子供を監護していたとしても、自分の収入が高く、相手から生活を保持してもらう必要がない場合
- ・相手が子供を監護し、自分の収入も相当程度あるため、相手の生活を保持しないといけない場合
- ・生活費としては貰っていないが、家賃や水道光熱費、保険料、携帯電話料金などで婚姻費用相当額が払われている場合
- ・有責配偶者からの請求
相手が生活費を渡さないというだけで、すべての場合に請求ができるわけではありません。そもそも、同程度の収入で子供がいない夫婦であれば、自分の生活は自分の収入で賄うことができますし、相手が子供を監護していれば、たとえ自分の収入が少ないとしても、いくらか支払わなければならない場合が多いでしょう。
不貞を行うなど、婚姻関係を破綻させた側(「有責配偶者」といいます。)が、婚姻費用を請求する場合はどうでしょうか。自分で婚姻関係を壊しておいて、生活費を要求することは都合がよすぎると思うのが一般的な感覚だと思います。実務上も有責配偶者からの請求を認めない、若しくは、子供がいる場合には、養育費相当額に減額する場合が多くなっています。
婚姻費用は、収入や稼働能力、子供の有無、有責性などをもとに当事者間の公平の観点から支払い義務の有無や金額が判断されていますので、簡単なようで難しい場合が少なくありません。
では、婚姻費用はどのように計算するのでしょうか。
婚姻費用の計算方法
そもそも、婚姻費用の金額は、夫婦間で自由に決めることできますが、自分達だけで決められない場合には、調停や審判といった手続きで決めることになります。調停や審判などで裁判所が拠り所とする基準があります。
最近では、裁判所がこの基準をホームページ(https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/index.html)で公表していますし、各法律事務所がこの基準に沿った簡易算定ができるサイトを作っていますので、こういったサイトを利用してご本人同士で決めていることも多いでしょう。
婚姻費用の請求の流れ
まずは、権利者が義務者に支払うように請求を行い、夫婦間で金額の話合いを行います。
次に、話合いで決めることができない場合には、話し合いの場を裁判所に移します。家庭裁判所に対して婚姻費用分担調停を申立てるという方法です。
この場合、調停委員や調停官に間に入ってもらう形で話合いを進めていきます。それでも合意ができない場合には、審判という手続きによって、裁判所に金額を判断してもらうことができます。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
婚姻費用を請求できるのはいつからいつまで?
婚姻費用を請求前に翻って請求することも可能ですが、実務上は、請求時からしか認められないことがほとんどです。そして、口頭であっても請求すればよいのか、それとも調停申立まで必要なのかは明確な基準がなく、調停申立時とされることが多くなっています。もちろん、口頭で請求した時点や更に翻って請求を認めた事案もありますが、請求が認められない可能性を考えれば、すぐに調停を申し立てて請求を行うべきでしょう。少なくとも内容証明郵便やLINEなどで明確に請求の意思を伝えてください。
一度決めた婚姻費用を増額・減額することは可能?
婚姻費用額は、当事者間の合意によって、増額・減額を行うことができます。
合意できない場合には、増額・減額の調停や審判を行うことになります。
もっとも、増額や減額が認められるには、取り決めがされた以降に「事情の変更」があったといえるかが重要になります。なお、簡単に「事情の変更」があったとされてしまうと、配偶者や子の生活が不安定となってしまうため、「事情の変更」とは、取り決めがされた当時、予期できなかった事情がある場合等があることが求められます。
取り決めた婚姻費用が支払われなかった場合、どうしたらいい?
婚姻費用の取り決めを、調停や審判等で取り決めたにもかかわらず、婚姻費用が支払われない場合には、裁判所をとおして履行勧告を行ってもらうことができます。もっとも、履行勧告に従って支払われることは少ない印象です。
強制執行を行うこともできます。強制執行は財産を差押えることができるため、強制的に婚姻費用を回収できます。
なお、公正証書を作成した場合でも強制執行を行えますが、裁判所を介して行った場合と異なり、強制執行できる旨の文言が入っていなければならないため、注意が必要です。
勝手に別居した相手にも婚姻費用を支払わなければならない?
勝手に家を出て行ったのだから婚姻費用を請求できないと考える人がいるかもしれませんが、そうではありません。仮に、許可を貰って家を出なければ婚姻費用を請求できないとすれば、我慢して生活するか、生活費に困窮して生活するかの選択しかできなくなります。性格も生活習慣も違う他人が一緒に住むのですから、一緒に住みたくないということもあるでしょう。夫婦には同居義務があるものの、実務上、別居することは否定されず、婚姻費用の請求も認められます。
もっとも、浮気をするなど自分で婚姻関係を破綻させたにもかかわらず、家を出たあとも自分の生活も守ってほしいというのは都合がよすぎますので、婚姻費用が養育費相当額まで減額されるということはあります。
婚姻費用と養育費の違いは?
婚姻費用は、離婚するまでの間に支払われるものです。
一方で、養育費は、離婚した後に子のために支払われるものですので、婚姻費用と養育費は時期が異なります。
また、離婚後は、夫婦の扶助義務がなくなりますので、元妻や元夫の生活費を支払う必要は無くなりますので、婚姻費用と異なり、養育費には、配偶者の生活費が含まれません。
離婚調停と婚姻費用分担請求の関係
離婚調停は、離婚すること自体や離婚条件を協議する場です。
他方、婚姻費用分担請求調停は、離婚までの生活費を請求する場ですので、全く次元が異なるものです。
両調停が申立てられれば、通常、同じ日に調停が行われます。そして、生活を保持することが先決ですので、婚姻費用に関する話し合いが先行して行われます。
生活に困窮していては、対等な立場で離婚条件を話し合うことはできないでしょうから、婚姻費用と離婚調停を一緒に申し立てて、生活基盤を整えることができます。また、相手の離婚意思が固い場合に、婚姻費用を支払い続けてまで長い調停を続けることは不経済ですから、離婚調停がスムースに進むこともあります。
もっとも、両調停を一緒に申立てると、できるだけ婚姻費用を低くしたい側が必死に抵抗することも少なくなく、話合いの時間が長くなる傾向にありますので、とにかく早く離婚したいという場合には婚姻費用の請求はしないという選択もあり得ます。
一緒に両調停を申し立てるべきかは、ケースバイケースですので、弁護士へ相談するなどして判断してください。
婚姻費用の様々なご相談は経験豊富な弁護士へお任せください
婚姻費用は、生活に直結するものです。別居を行い、離婚を進めていきたいとしても、自分や子の生活を守る必要があります。生活と離婚の気持ちを踏まえて、婚姻費用の請求や離婚の話合いを、どのようなタイミングで、どのような形で進めいていくのかは、人生に関わる大きな方針決めとなります。弁護士に相談することで、納得のいく方針決めができるのではないでしょうか。
婚姻費用で何か気になられることがある方は、一度、経験豊富な弁護士に相談されてみてはいかがでしょうか。
-
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)