監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
夫婦が婚姻生活を営むために必要な費用のことを「婚姻費用」といいます。夫婦は、同居し、互いに協力して扶助する義務(「同居協力扶助義務」といいます。)を負うため、婚姻費用についても、それぞれの収入や資産等に応じて相互に分担することになります。
実は、夫婦が別居した場合でも、離婚していない限り、別居した妻または夫が配偶者に対して婚姻費用を求めることができます。
では、婚姻費用の支払いが拒否された場合、どうすればよいのでしょうか。婚姻費用の支払いが拒否された場合の対処法を検討していきます。
目次
婚姻費用の支払いを拒否された場合の対処法
婚姻費用の支払いを拒否された場合の対処法として、大きく分けて以下の3つが考えられます。
①内容証明郵便の送付、②婚姻費用分担請求調停・審判、③調停前の仮処分・審判前の保全処分です。
内容証明郵便の送付
内容証明郵便とは、いつ、どのような内容の文書を誰から誰宛に差し出したかを、郵便局が証明してくれる郵便文書です。
内容証明郵便そのものに支払いを強制する効力はありませんが、紛争の際に送られるという印象が定着している文書であるため、こちらの本気度が伝わり、相手が自主的に支払いに応じてくれる可能性があります。
また、実務上婚姻費用の支払義務は婚姻費用の請求時に生じると考えられているので、内容証明郵便により婚姻費用の請求時期が明確になり、のちの手続で有利に働く可能性があります。
婚姻費用分担請求調停・審判
内容証明郵便を送付しても相手が婚姻費用の支払いに応じない場合には、家庭裁判所に婚姻費用分担請求調停又は婚姻費用分担請求審判を申し立てます。
婚姻費用分担請求調停では、家庭裁判所の調停委員会が夫婦の間に入り、婚姻費用の分担(婚姻費用を配偶者に支払うのは夫婦のどちらか、また、いくら支払うのか)について協議を行います。協議がまとまると、調停が成立して、婚姻費用の支払いを受けることができます。協議がまとまらなければ、調停が不成立となり、審判手続に移行します。
婚姻費用分担請求審判では、調停手続の双方の言い分なども考慮し、裁判官が婚姻費用の分担について最終的な判断をします。審判結果に不服がある場合は、即時抗告手続を行うことができます。
調停前の仮処分・審判前の保全処分
婚姻費用分担請求調停・審判は、申立てから確定まで時間がかかります。そこで、婚姻費用の支払いを受けるため、以下の手段が考えられます。もっとも、どちらの手段も、調停や審判の確定を待っていると申立人や子どもが困窮してしまうと裁判所が判断した場合のみ認められるので、注意が必要です。
①調停前の仮処分
婚姻費用分担請求調停の申立て後か同時に、裁判所に申し立てます(家事事件手続法266条)。
調停前の仮処分には執行力(裁判所の強制力)はありませんが、従わなかった場合、10万円以下の過料に処されるため、間接的に婚姻費用の支払いを促すことができます。
②審判前の保全処分
婚姻費用分担請求の調停又は審判の申立て後か同時に、裁判所に申し立てます(家事事件手続法105条1項、157条1項2号・3号)。
審判前の保全処分の種類は多岐にわたりますが、婚姻費用の支払いを受けるためには、婚姻費用仮払いの仮処分を求めることが一般的でしょう。
こちらは、執行力があるため、婚姻費用の支払いを直接受けることができます。
婚姻費用の支払いの強制執行
調停や審判により婚姻費用の支払いが決定したにもかかわらず、婚姻費用が支払われない場合には、強制執行手続をとることができます。
婚姻費用の支払いの強制執行の方法としては、①直接強制と②間接強制とがあります。①直接強制では、すでに確定期限の到来した部分については、義務者の預金、給与、財産を、今後確定期限が到来する将来分については、給与を差し押さえ、取り立てることができます。特に、婚姻費用の場合における給料の差押えは、基本的に手取り額の2分の1まで差し押さえることが可能なことと、未払い分と将来分の差押えをまとめて申し立てることができるのが利点です(通常は手取り額の4分の1まで)。②間接強制では、義務者に対して、②間接強制では、義務者に対して、婚姻費用を支払わない場合に一定の額の金銭を支払うことを命じることによって心理的な強制を与え、支払いを促すことができます。
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婚姻費用の支払いに対する遅延損害金の請求
婚姻費用が期限までに支払われない場合、遅延損害金を請求する事ができます。遅延損害金は、支払義務を負う者が期限までに支払いをしなかった場合に支払わなければならなくなる損害賠償のことです。
遅延損害金について特に定めていない場合、令和4年3月31日までに支払期限を過ぎた婚姻費用については年5%、令和4年4月1日以降に支払期限を過ぎた婚姻費用については年3%の遅延損害金を請求する事ができます。
婚姻費用の支払い拒否が認められるケース
上述した通り、婚姻費用は夫婦の同居協力扶助義務を根拠としているため、同居協力扶助義務に著しく違反している場合(何ら理由なく家を出て別居したにもかかわらず婚姻費用を請求している場合や、婚姻費用を請求している妻又は夫が不貞行為を行っていた場合など)は婚姻費用の一部または全部について拒否できることがあります。離婚事由が認めらえるような有責性がある側なのに別居して婚姻費用を請求することが不公平だという考え方です。
もっとも、婚姻費用のうち、子どもの養育費部分については支払いを免れることができません。子どもは同居協力扶助義務に違反したとはいえないからです。
婚姻費用を拒否された場合のQ&A
時効を理由に婚姻費用の支払いを拒否されました。諦めるしかないのでしょうか?
婚姻費用の時効が成立するまで、基本的には5年間、調停や審判により支払いが確定したもので支払期限が到来している部分については、10年間経過することが必要なので、それまでは婚姻費用の支払いを請求することができます。
また、時効により婚姻費用の請求権が消滅していると相手方が主張していても、場合によっては、時効が更新され、まだ時効が成立していない可能性もあります。
時効期間を経過していると考えられる場合でも、あきらめずに弁護士にご相談ください。
別居中です。夫が家を出ていき、私は夫名義の家に住んでいます。この家の住宅ローンを支払っているからと婚姻費用の支払いを拒否されましたが、払ってもらえないのでしょうか?
住宅ローンの支払には、夫婦の住居を確保するという側面と資産形成の側面があります。その家に住んでいない夫にとっては、住宅ローンは資産形成ということになります。住宅ローンの支払いを理由に妻への婚姻費を支払わなくてよいとすると、妻の生活保持より資産形成を優先させることになり、不当な結論になります。
もっとも、住宅ローンの支払いが妻の住居の確保に役立っている部分もあります。そのため、夫が住宅ローンの支払いをしている場合、別居となったことについての夫の責任の大小や妻の収入の多寡などの事情を考慮の上、婚姻費用の支払額が一定程度減少される事もあります。
いずれにせよ、住宅ローンの支払いがされていても、一定額以上の婚姻費用の支払いが認められると考えられるので、夫に婚姻費用の支払いを請求していくことをおすすめします。
相手の浮気が原因で家を出て別居しましたが、相手から「勝手に出て行った」として婚姻費用の支払いを拒否されています。請求はできないのでしょうか。
何ら理由もなく家を出て別居している場合は、同居協力扶助義務に著しく違反している場合に当たり、婚姻費用の支払拒否が認められることがありますが、大抵は価値観、経済観念、教育方針、生活習慣などの違い(性格の不一致などといわれます。)によるものであって、実務上同居を強制することまでは要求されておらず、相手が婚姻費用の支払を拒否することは認められないことがほとんどです。
相手の浮気が原因で別居している場合には、別居するだけの理由があるわけですから、同居協力扶助義務に著しく違反している場合には当然当たらないとため、婚姻費用の支払いを請求することができます。
婚姻費用の支払いを拒否されてしまったら、一度弁護士へご相談ください。
婚姻費用の支払いを拒否されてしまいお悩みの方は、ぜひ弁護士にご相談ください。お持ちの疑問について、弁護士がご自身のケースに即して適切なアドバイスをいたします。
弁護士にご依頼いただければ、当事者同士での交渉が困難な場合でも、弁護士が交渉することで相手方が支払いに応じる場合もあります。法的手続をすべて弁護士が代理で行うことにより、速やかに婚姻費用の支払いを求めることができるうえ、精神的負担や労力も軽減できるでしょう。
婚姻費用の支払いは、別居中の生活のために必要なものです。相手方から婚姻費用の支払いを拒否されることで生活を送ることが困難な場合もあると思います。
婚姻費用の支払いを拒否されてしまったら、まずは一度、弁護士へご相談ください。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)