労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険

使用者は、労働契約上、労働者の生命身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っており、使用者が安全配慮義務を怠ったことで、労働者が死亡、負傷等した場合、使用者は、労働者やその遺族に対して損害賠償責任を負います。
もっとも、労働者やその遺族は、使用者の安全配慮義務違反(加害行為)や過失、損害額、義務違反(加害行為)と損害との相当因果関係等を立証しなければならず、また、労働者に過失があれば過失相殺(の類推適用)により損害賠償額が減殺されることから、労働者が使用者に請求することは容易ではありません。

そこで、労働者を保護する目的から、業務との因果関係が認められる場合に、使用者に一定の補償義務を負わせ(労働基準法上の災害補償制度、以下「災害補償制度」といいます。)、これを保険で支える仕組み(労働者災害補償保険法上の労働者災害補償保険制度、以下「労災保険制度」といいます。)が採用されています。
なお、労災保険制度では、業務によるものだけでなく、通勤によるものも補償されています。

以下、災害補償制度、労災保険制度、使用者の損害賠償責任について解説します。

労働災害(労災)による労働者の損害を填補する仕組み

(1)労働災害(労災)とは

労働災害(労災)と聞くと何をイメージされるでしょうか。一般的には、仕事上の怪我等や通勤途上の怪我等で、労働者災害補償保険(労災保険)が支給されるものという漠然としたイメージではないでしょうか。
日本においては、災害補償制度と労災保険制度という2つの制度によって、労働者の怪我等に対して補償が図られていますが、災害補償制度では、通勤途上の怪我等については、補償の対象とされておらず、労災保険制度で補償されているだけです。皆さんのイメージは、労災保険制度の対象事故ということになります。

(2)災害補償制度と労災保険制度

労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡について、法令に定められた基準に基づいて、使用者に無過失で補償させる制度として災害補償制度があるものの、災害補償制度だけでは、使用者の資力や迅速性等の面で労働者保護に欠けることから、無過失の公的保険制度として作られたのが労災保険制度です。
両制度は、無過失責任、業務上の怪我等を対象とすること、補償の範囲など多くの部分で重なりますし、また、使用者は、災害補償の対象事由について、労災保険から給付がされるべきものの場合には、災害補償の責任を免れることとされていますので(労働基準法84条1項)、実際は、災害補償制度ではなく、労災保険制度が優先して利用されています。

労災保険制度の特色は、①業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするために必要な保険給付を行うだけでなく、②業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図ることをも目的としているところです。
①の目的のために「業務災害」と「通勤災害」について保険給付がなされるとともに、②の目的のために労災保険給付の受給権者に保険給付と併せて特別支給金が支給されるほか、被災労働者の療養生活の援護、遺族の就学援護等の援護事業等が行われています。
また、労災保険制度では、給付請求書等の必要書類を提出することで、労働基準監督署が調査を行ってくれますので、労働者やその遺族の負担も軽くなっています。

(3)使用者の損害賠償責任

労働災害が発生した場合には、労災保険制度によって、一定程度は労働者の損害が填補されることになります(災害補償についても同範囲につき免責されます(労働基準法84条))。
もっとも、これらとは別に、使用者は、労働契約上の安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、これを怠った場合には、その責任を負うことになります。
具体的には、慰謝料などの労災保険給付の対象となっていない損害や、労災保険給付の支給基準では足りない部分について、使用者は、賠償しなければなりません。
なお、労災保険制度を利用することが義務付けられているわけではなく、労働者やその遺族は、最初から使用者へ損害賠償請求を行うことも可能です。

労働災害によって労働者側が被る損害

労働災害によって怪我等をした場合、療養費(治療費)、入院雑費、付添看護費、通院交通費、休業損害(治療中に得られたであろう収入)、通院慰謝料など治療を終えるまでの損害が発生します。
また、治療の結果、障害(後遺障害)が残った場合には、将来介護費や後遺障害逸失利益(将来に得られたであろう収入)、後遺障害慰謝料等が発生します。
死亡に至るような場合には、死亡逸失利益、死亡慰謝料、近親者慰謝料、葬儀費用等が発生します。

労働者は、これら損害について、まずは労災保険制度を利用して、次に記載するような保険給付を求めていくというのが通常でしょう。

労災保険給付の種類と特徴

種類

労働災害に関しては、労災保険給付及び社会復帰促進等事業として、

  1. 療養(補償)給付、
  2. 休業(補償)給付、休業特別支給金、
  3. 障害(補償)給付、障害特別支給金、障害特別年金、障害特別一時金、
  4. 遺族(補償)給付、遺族特別支給金(一時金)、遺族特別年金、遺族補償一時金、遺族特別一時金、
  5. 葬祭料、
  6. 傷病(補償)年金、傷病特別支給金、傷病特別年金、
  7. 介護(補償)給付

が支給されるとともに、義肢等補装具購入(修理)費用、労災就学等援護費と労災就労保育援護費等が支給される場合があります。

  1. 1.療養(補償)給付
  2. 労働者災害補償保険法では、診察、薬剤・治療材料の支給、処置・手術その他の治療、居宅における看護、病院等への入院・看護、移送などが給付の範囲とされています(労働者災害補償保険法13条)。

  3. 2.休業(補償)給付・休業特別支給金
  4. 休業(補償)給付は、休業の4日目から、1日につき給付基礎日額の60%相当額が支給されます(労働者災害補償保険法14条)。
    また、社会復帰促進等事業の一環として、休業の4日目から1日につき給付基礎日額の20%の休業特別支給金が支給されます(労働者災害補償保険法29条1項1号、同50条、労働者災害補償保険特別支給金支給規則3条)。
    なお、最初の3日間は(通勤災害を除く。)、使用者が災害補償として、補償することになります。
    その他、社会復帰促進事業等として、労災修学等援護費、長期家族介護者援護金といった支給を受けることができる場合もあります。

  5. 3.障害(補償)給付・障害特別支給金・障害特別年金・障害特別一時金
  6. 障害(補償)給付は、労働者が治療を終えたあと、その身体に障害が残った場合に、その程度に応じて支給されます(労働者災害補償保険法15条)。
    障害の程度について、1~14級に分けて定められています。

    1~7級の場合は、給付基礎日額の313日~131日分の年金として支給され、8~14級の場合は、それぞれ給付基礎日額の503日~56日分の一時金が支給されます。
    なお、1~7級の場合は、1回に限り、年金の前払いを受けることができます(障害(補償)年金前払い一時金)。

    その他、社会復帰促進等事業として、障害等級に応じて「障害特別支給金」が支給されるとともに、「障害特別年金」、「障害特別一時金」が支給されます(労働者災害補償保険法29条1項1号、同50条、労働者災害補償保険特別支給金支給規則4条、同7条、同8条)。
    また、義肢等装具購入(修理)費用、アフターケア、労災就学等援護費、長期家族介護者援護金といった給付を受けることができる場合もあります。

  7. 4.遺族(補償)給付、遺族特別支給金(一時金)、遺族特別年金、遺族補償一時金、遺族特別一時金
  8. 死亡した労働者の遺族のうち、一定の要件を満たす遺族(受給資格者)に対し、遺族(補償)給付として、遺族(補償)年金、遺族(補償)一時金が支給されるとともに(労働者災害補償保険法16条)、社会復帰促進等事業として、遺族特別支給金、遺族特別年金、遺族特別一時金が支給されます(労働者災害補償保険法29条1項1号、同50条、労働者災害補償保険特別支給金支給規則5条、同9条、同10条)。
    受給資格者とは、労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた配偶者(事実婚含む。)、子(死亡当時胎児であった者を含む。)、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹です。
    ただし、妻以外の遺族にあっては、一定の年齢又は一定の障害の状態にあることが必要です(労働者災害補償保険法16条の2)。
    なお、遺族補償年金(遺族年金)は、受給資格者の全員がそれぞれ受けられるのではなく、そのうちの最先順位者(受給権者)に支給されます。同順位の受給権者が複数いる場合は、支給額を当分した額がそれぞれ支給されます(労働者災害補償保険法16条の3)。

    受給権者の順位は次のようになっており、以下の表の内容にて支給されます。

    1. 妻または60歳以上か一定の障害(障害等級5級以上の身体障害、以下同じ)の夫
    2. 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定の障害の子
    3. 60歳以上か一定の障害の父母
    4. 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定の障害の子
    5. 60歳以上か一定の障害の祖父母
    6. 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか60歳以上または一定の障害の兄弟姉妹
    7. 55歳以上60歳未満の夫
    8. 55歳以上60歳未満の父母
    9. 55歳以上60歳未満の祖父母
    10. 55歳以上60歳未満の兄弟姉妹

    遺族数 遺族(補償)年金 遺族特別支給金 遺族特別年金
    1人 給付基礎日額の153日分(但し、その遺族が55歳以上の妻または一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分) 300万円 算定基礎日額の153日分(但し、その遺族が55歳以上の妻または一定の障害状態にある妻の場合は算定基礎日額の175日分)
    2人 給付基礎日額の201日分 算定基礎日額の201日分
    3人 給付基礎日額の223日分 算定基礎日額の223日分
    4人以上 給付基礎日額の245日分 算定基礎日額の245日分

    また、次の場合には、配偶者など一定の受給権者に対して、次の支給がされます。

    被災労働者の死亡当時、遺族(補償)年金を受ける遺族がいない場合
    遺族(補償)一時金 遺族特別支給金 遺族特別一時金
    給付基礎日額の1000日分 300万円 算定基礎日額の1000日分
    遺族(補償年金)の受給権者が最後の順位者まで全て失権したとき、受給権者であった遺族の全員に対して支払われた年金の額および遺族(補償)年金前払い一時金の額の合計額が、給付基礎日額の1000日分に満たない場合
    遺族(補償)一時金 遺族特別支給金 遺族特別一時金
    給付基礎日額の1000日分から、既に支給された遺族(補償)年金等の合計額を差し引いた金額 算定基礎日額の1000日分から、既に支給された遺族特別年金の合計額を差し引いた金額

    その他、社会復帰促進事業等として、労災修学等援護費、長期家族介護者援護金といった支給を受けることができる場合もあります。

  9. 5.葬祭料
  10. 葬祭料については、31万5000円に給付基礎日額の30日分を加えた額(給付基礎日額の60日分に満たない場合には、給付基礎日額の60日分)が支給されます。
    なお、葬祭料の支給対象者は、遺族とは限らず、葬祭を行う遺族がおらず、社葬として会社が行った場合には、会社に対して支給されます。

  11. 6.傷病(補償)年金、傷病特別支給金、傷病特別年金
  12. 業務又は通勤が原因となった負傷や疾病の療養が1年6ヶ月を経過した日またはその日以後について、次の内容にて、傷病等級に応じて傷病(補償)年金が支給され、社会復帰促進等事業として傷病特別支給金、傷病特別年金が支給されます(労働者災害補償保険法29条1項1号、同50条、労働者災害補償保険特別支給金支給規則5条の2、同11条)。
    なお、傷病(補償)年金が支給される場合には、療養(補償)給付は継続支給されますが、休業(補償)給付は支給されません。その他、社会復帰促進事業等として、義肢等補装具購入(修理)費用、労災修学等援護費、長期家族介護者援護金といった支給を受けることができる場合もあります。

    傷病等級 傷病(補償)年金 傷病特別支給金(一時金) 傷病特別年金
    1級 給付基礎日額の313日分 114万円 算定基礎日額の313日分
    2級 給付基礎日額の277日分 107万円 算定基礎日額の277日分
    3級 給付基礎日額の245日分 100万円 算定基礎日額の245日分
  13. 7.介護(補償)給付
  14. 障害(補償)年金又は傷病(補償)年金の受給者のうち、障害等級や傷病等級が1級又は2級の「精神神経・胸腹部臓器の障害」で、常時又は随時介護を要する状態であって、現に常時又は随時介護を受けている場合には、介護(補償)給付が支給されます。

労働災害が発生した場合の使用者側(企業)のリスク

使用者側の賠償責任の法的構成(安全配慮義務の明文化)

使用者側の民事損害賠償責任の根拠としては、不法行為責任(民法709条、715条、717条)や安全配慮義務違反による債務不履行責任(民法415条)などが挙げられます。

もともとは、不法行為責任と構成して請求されることが多かったものの、使用者の安全配慮義務が判例上確立されるとともに(最判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁・陸上自衛隊八戸車両整備工場事件、最判昭和56年2月16日民集35巻1号56頁・航空自衛隊芦屋分遺隊事件、最判昭和59年4月10日民集38巻6号557頁・川義事件など)、労働契約法5条で労働契約上の安全配慮義務が明文化されたことで(平成20年3月1日施行)、今日では、安全配慮義務違反による債務不履行責任として請求されることが多くなっています。

立証責任

不法行為責任構成の場合、請求する側(労働者やその遺族等)が、加害行為、加害者の故意・過失、損害の発生、加害行為と損害との相当因果関係を主張立証することになります。

他方、不法行為責任構成の場合、請求する側(労働者やその遺族等)が、安全配慮義務違反の具体的内容や義務の不履行、損害の発生、安全配慮義務違反と損害との相当因果関係を主張立証することになります(最判昭和56年2月16日民集35巻1号56頁・航空自衛隊芦屋分遺隊事件など)。

両者を比較すると、加害者の故意・過失の主張立証責任がない分、不法行為責任構成に比べて債務不履行責任構成の方が容易とも思えますが、実際のところは、安全配慮義務違反の具体的内容や義務の不履行を主張立証する作業は決して容易ではなく、債務不履行責任構成が容易だとはいえません。

労働災害(労災)が発生した場合の使用者側の対応

労災保険給付請求がされた場合の対応

労働災害であることが明らかな場合には、休業補償給付は4日目以降からしか支給されていないことから、3日間分の災害補償を行います(安全配慮義務違反がある場合も少ないないですし、労働者のことを考えれば、平均賃金の60%ではなく全額支給することで穏便に解決できる可能性が高くなります)。
そして、労働者死傷病報告書を労働基準監督署長へ提出するとともに(一定の場合には別途事故報告が必要)、労災証明など労働者の労災保険給付請求に協力することになります。また、安全管理体制の見直しや再発防止策を策定し、それらを実施します。

労働災害でないことが明らかな場合や労働災害に該当するか不明な場合において、労働者やその遺族から労災保険給付請求への協力を求められた時にはどうすべきでしょうか。
労働災害でないことが明らかな場合には、協力しないという方法もあり得ますが、労働災害に該当するか不明な場合には注意が必要です。労働者の気持ちになれば、会社が労災隠しをしようとしているのではないかと不信感を抱きかねず、何ら協力しないことで紛争を招くおそれが生じます。
労災保険給付は、労働者自身で請求することが可能であり、労働者は、各請求書の「災害の原因及び発生状況」等へ明らかに労働災害であるかの様に記載したうえで、会社に証明欄への記載を求めてきます。
この場合には、「●●の事実以外は証明できかねます。」などと付記することや、証明欄へ記載せずに意見書を添付する等で対応することが多いと思います。「証明拒否理由書」を提出する場合もあります。
いずれにせよ、何ら対応しないというのではなく、会社側の考えや意見を労基署へ伝える機会として利用することも検討すべきでしょう。

損害賠償請求をされた場合

近年、労災上乗せ保険が浸透しており、まずは、民間の保険で対応できないか確認することになります。そして、会社に対する損害賠償請求が認められるのか否かについて調査・検討のうえ、労働者やその遺族と交渉します。ここで最も大切なのは、放置せずに誠実に対応することです。誠実に対応することで、労働者やその遺族の被害感情が和らぐことも少なくありません。また、実際には、労働者に一定の過失があることも多く、過失相殺について丁寧に説明することで理解を得られ、訴訟等に発展せずに解決できる事案も少なくありません。

難しいのは、脳・心疾患を発症した場合や精神疾患の場合です。作業中の転落事故等と違い、業務と疾患との因果関係が明確ではないため、どうしても労災申請に非協力的になってしまいがちです。会社には、労災申請に関し、助力証明をすべき義務がありますので、労災申請への協力はすべきでしょう。労災申請への協力といっても、認定されるように協力する必要はありません。会社の認識を前提に意見を付する等の対応をすれば足ります。 労働災害に関しては、判断に迷う問題も多く、労働災害のおそれがあると感じたら、普段から労働事件を扱っている弁護士へ相談するようにして下さい。

参考までに、代表的な労災認定基準へのリンクを貼っておきます。

厚労省「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について(平成13年12月12日付け 基発第1063号 令和2年8月21日改正)」

厚労省「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付け 基発1226第1号)(令和2年8月21日改正)」

労災事案で賠償請求を受けた場合は、労働問題に強い弁護士にご相談ください。

労働災害では、労災保険の請求へ協力するか否か、民間の労災上乗せ保険の利用、安全配慮義務違反の有無、労働者の過失の有無、過失相殺による減額等、様々なことを考えながら労働者対応をしなければなりません。初期対応によって結論が変わることが少なくありませんので、労働災害では、労働事件を取り扱う労働問題に強い弁護士にご相談ください。

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