労務

パワーハラスメント対応

令和元年5月29日、労働施策総合推進法30条の2第1項の改正において、パワハラの立法的定義付けが行われ、パワハラ防止指針の策定を経て、パワハラは「職場において行われる、

  1. 優越的な関係を背景とした言動であって、
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
  3. その雇用する労働者の就業環境が害されること

といった3つの要素を全て満たすもの」と定義付けられています。

また、同法を受けて策定されたパワハラ防止指針において、パワハラの定義やパワハラに該当する例、該当しない例が示されるとともに、企業が講ずべきパワハラ防止措置義務も明記されました。
パワハラ防止指針には、適切にパワハラ防止措置を講じているとされる例も明記されており、同改正法施行日(2020年6月1日)以降、企業はパワハラ防止指針に従い措置を講じなければなりません(中小企業は、2022年3月31日までは努力義務)。

もっとも、従前から裁判例において、

  1. 職場上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、
  2. 業務の適正な範囲を超えて、
  3. 他の労働者に精神的・身体的苦痛を与え、又は職場環境を悪化させる行為

がパワハラだと捉えられており、パワハラの定義の定義が変更されたというわけではありません。

なお、以前から企業には安全配慮義務や職場環境配慮義務が課されており、法改正によって新たな義務が生まれたと考えるのは適切ではありません。
法改正を機に、改めて自社のパワハラ対策を見直すことができるよう、法改正やパワハラ防止指針を踏まえ、パワハラについて解説していきます。

目次

企業におけるパワーハラスメント対策の重要性

2020年6月1日から改正労働施策総合推進法が施行され、同法に基づく措置(パワハラ防止措置)を講ずることが法的義務になります。従前から企業には職場の環境に配慮すべき義務があり、パワハラを放置することは許されていませんが、今般の法改正により、企業がパワハラ防止措置を講ずべきことが明確に打ち出されましたので、パワハラ対策が不十分な企業は、積極的に取り組まなければなりません。

重大な経営リスクになりかねないパワハラ問題

パワハラは、人材の流出を招きます。ここでいう人材の流出とは、被害に遭っている労働者のみならず、職場環境に失望した周りの労働者も想定する必要があります。
1人辞めれば連鎖的に退職者が生まれるといった場面を目にしたことがあるでしょう。これでは優秀な人材は育ちませんし定着もしません。
管理職としては、パワハラに頼らず人を教育指導できることが、重要なマネジメント能力の1つだと考えなければなりません。

パワハラ被害を受けた者から、会社に対して、

  1. 使用者責任に基づく損害賠償請求(民法715条)、
  2. 会社法350条に基づく損害賠償請求(会社の代表取締役によってパワハラが行われた場合)、
  3. 一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条、197条に基づく損害賠償請求(一般社団法人または一般財団法人の代表理事その他の代表者によるパワハラの場合)、
  4. 会社の安全配慮義務または職場環境配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求

といった請求がなされるおそれがあります。
パワハラによって労働者が自殺した場合や、重度の後遺障害が残った場合であれば、会社が1億円を超える責任を負うこともあり得ます。

ネットが普及し、SNSを利用して個人が積極的に情報発信を行う現代においては、個人がSNSを通じてパワハラを社会へ公表することも起こり得ます。
全てが真実ではなかったとしても、一旦、拡散されてしまえば、企業の社会的評価は失墜し、これによる損害は甚大なものとなります。

一朝一夕で撲滅できないハラスメント行為

パワーハラスメントを含むハラスメントというものは、誰もが大なり小なり持っている欲求(例えば、「支配欲求」や、会社の利益を追求したいという「優越欲求」、認められたいという「承認欲求」、他人と交流したいという「親和欲求」等)に基づくものであり、無自覚ないし独善的に行われてしまうことが少なくありません。

また、①性別や地位、立場など様々なパワー・バランスの非対称性(上下の人間関係)や②相手との関係を読み違えて、欲求が不適切な形で行動に結びついたときにハラスメントが発生しやすいなどと言われます。
コミュニケーション能力やアンガーマネジメント能力の欠如が原因とも言われます。
これらは簡単に改善できない問題でしょう。その他にも、パワハラの発生原因や背景には、労働者同士のコミュニケーションの希薄化等の職場環境自体の問題もあり、これらを幅広く解消していくことが求められます。

更に、パワハラは、教育指導の範疇なのか否かの判断が難しく、他のハラスメント行為に比べて、グレーなゾーンが大きいといえます。
違法ではなくとも不適切というケースについても、できるだけ対処しなければなりません(これはハラスメント一般にも言えることです。)。

このように、パワハラ行為を撲滅するには、長期的かつ反復した取組みが必要で、結局、職場の雰囲気自体を根本的に変えていかなければなりません。

労働施策総合推進法改正によるパワハラ防止対策の法制化

この法律では、パワハラを定義した上で、事業者にこれを防止する雇用契約上の措置義務を負わせ、具体的な措置義務の内容等は、指針等で定めることとされています。

これまでも、職場の環境に配慮する義務などと称して、企業にパワハラ対策を講じる義務を課してきておりましたが、各裁判例を参考にして個別具体的に判断せざるを得ず、そもそもパワハラの定義や企業の義務の内容について基準になるものが十分ではありませんでした。

そのような中、労働者からのいじめやパワハラに関する相談が減少どころか増加しており、もはや、このまま放置すべきではないということから、今般、法改正及び指針策定により、パワハラの定義や内容、企業が講ずべき防止措置義務が明確にされました。

パワハラ概念の誕生・深化

平成13年に、「パワーハラスメント」という言葉が登場しました。この言葉は、和製英語で、組織内における優位性を利用した職場でのいじめなどを指す言葉として一般的に用いられるようになり、「パワハラ」という略称も含めて市民権を獲得しました。

人権意識や価値観の多様性に対する理解が進む一方で、労働環境の変化(非正規労働の増加や過剰な成果主義等)を受けて、パワハラがますます注目されるようになっていきました。

厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」(平成24年1月30日)では、パワハラを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義され、典型的な行為類型として6類型が例示されました。
具体的には、

  1. 暴行・傷害(身体的な攻撃)、
  2. 脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)、
  3. 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)、
  4. 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、
  5. 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)、
  6. 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

の6類型です。

ただ、パワハラを直接規定する法律はありませんでしたが、令和元年5月29日、労働施策総合推進法の一部改正法が成立し、規定が設けられるに至りました。

パワハラ防止法の施行に向けて企業はどう取り組むべきか?

改正労働施策総合推進法を受け、パワハラ防止指針が策定されました。そこには、パワハラの定義やその内容、判断要素、企業が講ずべき防止措置義務の内容等が、具体例とともに記載されており、企業はパワハラ防止指針に従い、パワハラ防止措置を講じていくことになります。
そこで、まずは、パワハラ防止指針の内容をしっかり理解することから始めなければなりません。

パワーハラスメントに該当する言動例

まずは、何がパワハラに該当するかを理解することが重要です。パワハラ防止指針には、パワハラの定義を次のように定め、具体的なパワハラの例(該当例・非該当例)が記載されています。これを表にしましたので参考にしてください。

【パワハラとは】

職場において行われる次の3つの要素を全て満たすもの
  1. 「優越的な関係を背景とした」言動
  2. 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動
  3. 「労働者の就業環境が害される」言動

【パワハラ6類型】

身体的な攻撃(暴行・傷害)

該当すると考えられる例
  1. ①殴打、足蹴りを行うこと。
  2. ②相手に物を投げつけること。
該当しないと考えられる例
  1. ①誤ってぶつかること。

精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

該当すると考えられる例
  1. ①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
  2. ②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
  3. ③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
  4. ④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者に宛て送信すること。
該当しないと考えられる例
  1. ①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意すること。
  2. ②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意すること。

人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

該当すると考えられる例
  1. ①自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長時間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
  2. ②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
該当しないと考えられる例
  1. ①新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
  2. ②懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

該当すると考えられる例
  1. ①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
  2. ②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
  3. ③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
該当しないと考えられる例
  1. ①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
  2. ②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

該当すると考えられる例
  1. ①管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
  2. ②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
該当しないと考えられる例
  1. ①労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

該当すると考えられる例
  1. ①労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
  2. ②労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
該当しないと考えられる例
  1. ①労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
  2. ②労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

パワハラに該当するか否かについて、パワハラ防止指針では、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当であり、また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度と、それに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素になるとされています。そのうえで、当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断することが必要であるなどとされています。

この点については、過去の裁判例等を参考として、個別具体的に判断せざるを得ませんが、その他参考になるものとして、厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」(平成24年1月30日)があります。

具体的にどのような行為がパワハラとなるか、という問いに答えるには、パワハラを肯定する方向に働く事情(「肯定事情」)と、パワハラを否定する方向に働く事情(「否定事情」)の内容を具体化することが有益です。

そこで、以下、具体的な肯定事情の内容と否定事情の内容に分けて考えてみると、肯定事情は、言動の内容、言動の態様、被害者側の事情、被害者と加害者の関係という4つに大別することができます。

「言動の内容」に関して、

  1. 有形力の行使(例えば、叱責中に机を叩くなどの威圧行為)、
  2. 脅迫、侮辱、名誉棄損(例えば、「殺すぞ」や「死ね」等の脅迫的言動、「ばか」や「あほ」等の侮辱的言動、相手を犯罪者呼ばわりする名誉棄損的言動)、
  3. 退職勧奨、退職強要、減給や降格等の不利益処分の告知、
  4. 過大な要求(例えば、達成が極めて困難な厳しいノルマ設定をすること)、強要(例えば、会社の売れ残り品の買取り、手当なしの休日出勤や時間外勤務を強要すること)、
  5. 業務をさせない、業務限定・減少、業務変更、
  6. 私的領域への踏み込み、価値観の押し付け、
  7. 他者との不公平な取扱い(例えば、同じ医療過誤に関与した複数の看護師につき、他の看護師に比較して落ち度が明らかに大きいとは認められないのに、一人のみに反省文を書かせること等)

を挙げることができます。

「言動の態様」に関して、

  1. 場所(被害者以外の第三者に晒される状況で行われたこと)、公然性、
  2. 時刻、回数、継続時間(当該行為が業務時間外に行われた行為であるほど、また、行為が行われた回数が増えるほど、さらに、継続時間が長時間に及ぶほど、肯定事情となります。)、
  3. 不適正なプロセス(例えば、問題となる言動が労働者の言い分を聞かずに行われたこと)、
  4. 口調、声の大きさ(口調については強く厳しいほど、声量については大きいほど、肯定事情となります。)

を挙げることができます。

「被害者側の事情」に関して、被害者が当該行為により実際に被った心身の負荷が大きいことを挙げることができます。パワハラの成否は、あくまで当該業務における平均的な労働者が基準とされますが、当該労働者の心身に実際に強度の心理的・肉体的負荷が与えられたことは、翻って平均的な労働者にも強度の負荷をかけるものであったことを推認させるという観点といえます。

「加害者と被害者の関係」に関して、被害者との関係で、加害者の優位性が強いほど、大きな肯定事情となります。

他方、否定事情は、被害者に落ち度や帰責性があること(例えば、被害者に業務上の不正、大きなミスや改善されるべき点がある場合には、相当程度に厳しい指導が行われることがやむを得ないこともあるといえます。)、業務の性質上の必要性があること(例えば、業務の性質が生命・健康を預かるものである場合、厳しい指導が必要であることもあるといえます。)に大別することができます。

こういった視点や裁判例を参考に個別具体的に判断していくことになりますが、容易ではないでしょうから、顧問弁護士等をご利用なさるべきでしょう。

企業が求められる防止措置義務の内容

企業には、大きく次の4つ措置義務が課されていますので、まずは、大きく理解して下さい。

【4つの防止措置義務】

  1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  2. 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  3. 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
  4. ①~③と併せて講ずべき措置
    ※望ましいとされる取組

そのうえで、パワハラ防止指針には、詳しく各措置義務の内容が記載されています。

【事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発(措置義務①)】

措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントの内容及び職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること

適切に講じていると認められる例
  1. ①就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定と併せて、職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること。
  2. ②社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を記載し、配布等すること。
  3. ③職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。
措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること。
  2. ②職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者は、現行の就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において定められている懲戒規定の適用の対象となる旨を明確化し、これを労働者に周知・啓発すること。

【相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(措置義務②)】

措置義務の内容

相談への対応のための窓口(以下「相談窓口」という。)をあらかじめ定め、労働者に周知すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①相談に対応する担当者をあらかじめ定めること。
  2. ②相談に対応するための制度を設けること。
  3. ③外部の機関に相談への対応を委託すること。
措置義務の内容

相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①相談窓口の担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、相談窓口の担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みとすること。
  2. ②相談窓口の担当者が相談を受けた場合、あらかじめ作成した留意点などを記載したマニュアルに基づき対応すること。
  3. ③相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合の対応についての研修を行うこと。

【職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応(措置義務③)】

措置義務の内容

事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。
    また、相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること。
  2. ②事実関係を迅速かつ正確に確認しようとしたが、確認が困難な場合などにおいて、法第30条の6に基づく調停の申請を行うことその他中立な第三者機関に紛争処理を委ねること。
措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者(以下「被害者」という。)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。

適切に講じていると認められる例
  1. ①事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。
  2. ②法第30条の6に基づく調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を被害者に対して講ずること。
措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。

適切に講じていると認められる例
  1. ①就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること。
  2. ②法第30条の6に基づく調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を行為者に対して講ずること。
措置義務の内容

改めて職場におけるパワーハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること(事実が確認できなかった場合においても同様の措置を講ずること。)。

適切に講じていると認められる例
  1. ①職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針及び職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者について厳正に対処する旨の方針を、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に改めて掲載し、配布等すること。
  2. ②労働者に対して職場におけるパワーハラスメントに関する意識を啓発するための研修、講習等を改めて実施すること。

【①~③と併せて講ずべき措置(措置義務④)】

措置義務の内容

相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①相談者・行為者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、当該マニュアルに基づき対応するものとすること。
  2. ②相談者・行為者等のプライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと。
  3. ③相談窓口においては相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じていることを、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に掲載し、配布等すること。
措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントに関し相談や措置義務への協力等をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をすること。
  2. ②社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、労働者に配布等すること。

パワハラ発生時に企業が取るべき対応とは

労働施策総合推進法の改正により、会社は、パワハラにより雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられました。

会社が社内でのパワハラを認知するのは、会社内のパワハラ予防策としての、相談窓口(従業員が気軽に相談できるように整備した環境)への相談を契機とする場合が多いと思われます。

そこで、会社の対応としては、窓口での相談者対応に続いて、事実関係の確認、事実関係確認後の措置を行うという流れになります。

以下、具体的に見ていくこととします。

相談窓口における相談者対応

相談窓口における相談者対応においては、

  1. 相談内容は、相談者の同意なしに他者に開示しないこと(相談者は、相談内容を周囲に知られることや、相談することによって社内で不利益に扱われることを心配しているため)、
  2. 相談者の心情に配慮して聴取すること(相談者は心理的に混乱していることが多いため)、
  3. 相談者から聴取した相談内容(いつ、誰から、どのような行為を受けたか、目撃者はいたか等)を記録すること、
  4. 今後の連絡方法や、手続の流れを説明すること

(相談者は、今後の手続がどのように行われるのか、自分の相談が放置されないか等について不安になることがあるため)が重要となります。

事実関係の確認

相談者対応が済んだのち、相談者の了解を得て、行為者への事実確認を行います。この際に重要なことは、

  1. 最初から行為者を加害者と決めつけずに、適正手続保障の観点から、十分に弁明の機会を与えること、
  2. 行為者からの聴取は複数名で対応し、聴取日時、場所、出席者、聴取内容について詳細に記録すること(行為者からの聴取結果は、将来、行為者から会社の処分に対する不服申立て等がなされた場合に重要な資料となるため)、
  3. 相談者に対して報復したり、自分で直接話し合おうとしたりしないよう伝えること(行為者が、自分は誤解されていると考えており、事情聴取を受けることに不服がある場合があるため)

を挙げることができます。

相談者と行為者との間で主張する事実が一致しないのであれば、同席者や目撃者等、第三者からの事情聴取を検討する必要があります。
この際には、相談者の了解を得ること(相談者のプライバシーを保護するため)、第三者の人数を絞ること、第三者に対し聴取内容について守秘義務を課すことが重要となります。

事後的な措置

相談窓口での相談者対応、事実関係の確認の後、パワハラがあったと判断できる場合には、行為者に対する措置として、

  1. 行為者に対し、認定した事実や処分の理由を説明した上、注意、指導、人事異動等の処分、
  2. 就業規則に従って懲戒処分、
  3. 再発防止に向け、行為者との定期的な面談やアドバイス、パワハラに関する研修の実施

をすることになります。
また、相談者に対する措置として、認定した事実及び職場環境改善措置や行為者に対する上記の措置をとることを伝えることになります。

行為者に対する措置のうち、2.懲戒処分に関連して、懲戒処分は、

  1. 懲戒処分の根拠規定が存在すること(懲戒の理由となる事由と、これに対する懲戒の種類・程度が就業規則上明記されていること)、
  2. 懲戒事由に該当すること、
  3. 懲戒処分が相当であること

が有効要件とされています。
そして、これらの要件を満たしていることについては、いずれも事業主側に立証責任があります。

懲戒処分は、理由とされた当該行為の性質・態様その他の事情に照らして社会通念上相当なものと認められない場合には、懲戒権を濫用したものとして無効となります(労働契約法15条)。

そこで、懲戒処分の軽重を考えるにあたっては、行為内容の悪質性、行為の頻度や期間、被害者の数、被害の程度、行為後の反省や謝罪の程度、懲戒処分歴等を斟酌して考える必要があります。
会社がパワハラのない職場づくりを経営方針に掲げており、事前の注意喚起がされている中で、加害者が相反する言動をとり続けていたような事情があれば、行為の悪質性の認定につながるといえます。

また、会社として具体的な処分内容を決定するにあたっては、同様の事例と同程度の処分とするように注意する必要があります。

さらに、手続面に関して、就業規則や労働協約上、労働組合との協議や労使代表から構成される懲戒委員会の討議を経ること等が必要とされる場合には、当該手続きを遵守する必要があります。そのような規定がない場合でも、適正手続を保障するために、事前に弁明の機会を設けることが求められます。
適切な懲戒処分には、専門的な知識が不可欠ですから、顧問弁護士へ相談することをお勧めします。

パワハラの事実を確認できなかったときの対応

相談窓口での相談者対応、事実関係の確認の後、パワハラがあったと判断できない場合には、そのように判断した理由を相談者に対して丁寧に報告し、会社として適切に対応したことを理解してもらえるように努めることになります。特に、相談者が虚偽を述べたと認定したわけではないこと等は、丁寧に説明してください。

行為者によるパワハラがあったとまでは判断できないものの、そのまま放置すると事態が悪化するおそれがある場合には、誤解を解くなど、相談者と行為者の関係改善を促すようにする必要があります。

パワーハラスメントに関する裁判例

ここで、裁判においてパワーハラスメントが問題となった事案をご紹介します。

事件の概要

当該事案は、貨物運送会社に就労していた新入社員が、連日の長時間労働に加えて、上司から執拗な叱責などのパワハラに該当する行為を受けて精神障害を発症し、自殺するに至ったとして、遺族が当該上司及び会社に対して損害賠償請求した事案です。

新入社員は、3月に大学卒業後、正社員として雇用されて勤務を開始しましたが、同年10月に自殺するに至りました。

新入社員は、亡くなる3カ月前には時間外労働が月129時間にも及ぶことがあり、空調の効かない屋外において家電製品を運搬するという、経験年数の長い社員であっても、相当の疲労感を覚える肉体労働を主とするものでした。

上記の状況に加えて、上司は、新入社員がミスをした場合、周りに社員がいるときでも「何でできないんだ」「何度も同じことを言わせるな」「そんなこともわからないのか」「俺の言っていることがわからないのか」「なぜ手順通りにやらないんだ」などと怒鳴り、強い口調で叱責していたこと、ミスが重大であった場合は「馬鹿」「馬鹿野郎」「帰れ」といった言葉を発し、叱責の時間は5分ないし10分程度、その頻度は少なくとも1週間に2、3回程度、ミスが重なれば1日2、3回程度となることがありました。

さらに、指導の一助とするため、業務日誌をつけさせることとしましたが、それに対して特段具体的な指導をせず、提出した業務日誌に対して「業務、作業内容毎に整理し直す事」「?」「日誌はメモ用紙ではない!業務報告。書いている内容がまったくわからない!」等のコメントのみで、具体的な業務に関する指導はなく、励ましたり、進歩や成長をほめたりするようなコメントはありませんでした。

新入社員に対する業務指導に関して、「業務の適正な範囲」に含まれるかが問題となりました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

岡山県貨物運送事件(仙台高判平成26年6月27日労判1100号26頁)

裁判所は、「このような指導方法は、新卒社会人である亡新入社員の心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、亡新入社員に過度の心理的負担をかけないよう配慮されたものとは言い難い」として、監督者としての注意義務に違反したと認定し、上司及び会社の損害の損害賠償責任を認めました。

ポイントと解説

本件は、上司による度重なる叱責に加えて、長時間労働の実態が一定期間継続していたことが、新入社員の死亡という結果を引き起こした要因となったとされた事案です。

このように、パワハラの問題は、長時間労働により精神的肉体的に疲弊していた労働者に対して、最後の追い打ち・引き金となってしまうこともあり得ます。 パワハラの問題も当然ながら、長時間労働の予防、回避等の問題にも取り組むことが重要であるといえます。

また、新入社員への対応について、当該新入社員が大学を卒業して単身生活を開始し、同時に勤務を開始したもので、旧知の者もおらず、唯一の新入社員であったことから、慣れない土地での初めての仕事や、新たな人間関係に対する緊張や不安が少なからずあったことが推認されると指摘されています。

続けて、当該新入社員は、それまでアルバイト以外に就労経験がなく、上司からの叱責を受け流したり、柔軟に対処したりする術を身につけていないとしても無理からぬところがあったため、新入社員に対する叱責の態様や頻度に照らすと、上司の言動は、威圧感、恐怖心、屈辱感、不安感を与えるものであったと指摘されています。

新入社員に対する指導の方法と、経験を積んだ社員に対する指導の方法はおのずと異なるといえます。
上司として部下を指導するに当たっては、経験年数に応じた、具体的な指導を心掛ける必要があるといえます。

このことは、パワハラかどうかが、同じ言動でも、行為者と被害者との関係によってその評価に大きな違いが生じ得ることを示しているといえます。

プライバシーの保護・不利益取扱いに関する留意点

労働施策総合推進法の改正やこれを受けたパワハラ防止指針において、会社は労働者がパワハラ被害について相談を行ったことで、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないことが明確になっています。パワハラ防止指針にある措置義務にもプライバシーへの配慮や不利益な取り扱いを禁ずること等が含まれています。

法的義務も重要なのですが、プライバシーへの配慮等が適切になされなければ、必要のない紛争を生みますし、パワハラが地下へ潜り込んでしまいます。従業員が入れ替わることもあるでしょうし、時間が経てば忘れてしまいますので、研修等において、繰り返し周知に努めることが大切です。

【①~③と併せて講ずべき措置(措置義務④)】

措置義務の内容

相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①相談者・行為者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、当該マニュアルに基づき対応するものとすること。
  2. ②相談者・行為者等のプライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと。
  3. ③相談窓口においては相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じていることを、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に掲載し、配布等すること。
措置義務の内容

職場におけるパワーハラスメントに関し相談や措置義務への協力等をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。

適切に講じていると認められる例
  1. ①就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をすること。
  2. ②社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、労働者に配布等すること。

パワーハラスメントが発生した場合の対処法は、労働問題を専門的に扱う弁護士にお任せください。

パワハラ防止指針が策定され、企業が取り組むべき事柄は一定程度明確になりました。ここからは、実際に取り組みを行っていくことになりますが、取り組みを開始すると、思いの他効果が感じられないこともあるでしょう。
また、効果が出ればパワハラに関する相談が舞い込んできますので、事前に相談窓口担当者への研修(事実の聴き取り手法など)も行っておかなければなりません。
そして、真偽不明な場合の対処、懲戒処分の判断など個別具体的な対応で迷われることもあるでしょう。そういった際には、早い段階で弁護士へご相談されることをお勧めします。

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