監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
相続は、被相続人の死亡によって開始し、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することとされており(被相続人の一身に専属したものは除く)、原則として、プラスやマイナスに関わらず全ての財産を承継します。
相続人は、相続開始を知ってから、3か月以内に単純若しくは限定承認、又は、相続放棄の選択をしなければなりません(伸長可能。)明らかに債務超過の場合や相続紛争に巻き込まれたくない場合には相続放棄を選択することが多いでしょう。
本記事では、相続放棄に関してご紹介します。
目次
相続放棄で生じるデメリットとは?
相続放棄は、初めから相続人でなかったものとみなす制度です(民法939条)。特定の遺産を相続しないことができるのではなく、相続人になるかどうかを選択させる制度です。いわば、100か0かの選択です。
全ての遺産を相続できなくなる
プラスの財産 | マイナスの財産 |
---|---|
・不動産 ・現金 ・預金 ・車両 ・株、国債など有価証券 ・受取人の指定方法によっては保険金 など |
・住宅ローンその他借り入れやその保証債務 ・奨学金やその保証債務 ・役員の賠償義務 ・交通事故など損害賠償債務 ・クレジットカード利用料金 ・携帯電話など各種利用料金 など |
他の相続人とトラブルに発展するおそれがある
相続放棄をすると、初めから相続人とならなかったものとみなされます。よって、相続放棄によって、同順位の相続人がいなくなる場合には、後順位の相続人が相続人となります。
後順位相続人が想定していなかった場合には、突然債務を負わされたなどと紛争になりかねませんので、相続放棄をする際には、後順位相続人へ知らせておくことが穏当です。
なお、自己にために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に単純若しくは限定承認又は相続放棄をすればよく、後順位相続人は、自分が相続人になったことを知った時から3か月以内ということになります。
第1順位 | 子(死亡している場合は孫) |
---|---|
第2順位 | 親(死亡している場合は祖父母) |
第3順位 | 兄弟姉妹(死亡している場合は甥・姪) |
相続放棄したら原則撤回できない
- 相続放棄すると基本的に撤回できない
- 相続放棄後に、負債を超えるプラスの財産の存在が発覚しても相続権が復活することはない
相続の承認及び放棄は、相続開始を知ってから3か月以内(915条1項の期間以内)であっても撤回することはできず(民法919条1項)、次のような一定の場合に取消しが認められているにすぎません。
- 未成年者が親権者等の同意を得ずにした相続放棄
- 成年被後見人の相続放棄
- 成年被後見人がした相続放棄
- 被保佐人が保佐人の同意なくした相続放棄
- 錯誤による相続放棄
- 詐欺や脅迫によってされた相続放棄
など
生命保険金・死亡退職金の非課税枠が使えない
相続放棄をしたとしても、生命保険金(死亡保険金)や死亡退職金の受取人と指定されている人は、生命保険金や死亡退職金を受けとることは基本的に可能です。なぜなら、遺産ではなく相続人固有の財産だと考えられるからです。
もっとも、相続放棄をした者は、相続人でなかったこととみなされるので、みなし相続財産の非課税枠を利用することはできません。
家庭裁判所で手続きをしなければならない
相続放棄は、家庭裁判所へ申述することが必要です。具体的には、相続放棄の申立書に住民票除票や戸籍謄本などの必要書類を添付して提出します。
相続放棄の手続き方法相続放棄のメリットとは?
相続放棄は、初めから相続人でなかったものとみなす制度ですから、借金などのマイナス財産を相続することはありません。債務超過であることが明らかな場合やプラスの財産がそれほどなく、知らない借金が判明するなどの万が一のリスクを避けるために相続放棄がされるのが一般的です。その判断のために相続財産調査から受けることも多いです。
その他、財産はあるものの、被相続人の世話になりたくない、相続人間の紛争に巻き込まれなくないなどといった属人的な理由による相続放棄もあります。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄をする際の注意点
相続放棄は、撤回することができませんので、本当に相続放棄で良いのかはよく検討してから決断すべきでしょう。
相続放棄には期限がある
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にする必要があります。普段から交流がある親族であれば、遺産を把握するのに3か月も必要ないでしょう。また、明らかにプラスの財産が多い場合にも判断に3か月もいらないでしょう。付き合いのなかった親族や、被相続人が経営者でどういった借り入れがあるのかよくわからない場合には、3か月で判断することは難しいでしょう。そこで、家庭裁判所へその期間を延ばすよう申し立てることが認められています。
相続放棄の期限は3ヶ月。過ぎてしまったらどうなる?延長方法は?生前の相続放棄はできない
現行法上、生前に相続放棄をすることは認められていません。
相続は、残された遺族(相続人)の生活を保障するという意味もあります。仮に、被相続人が多額の借金を生前に負っており、将来のリスクを考えて相続放棄をしたとしても、その後に被相続人が多額の財産を獲得したという場合もありえますので、生前の相続放棄は認められていません。
どうしても生前に相続放棄をしたいという場合には、例えば、被相続人に遺言書を残してもらい、遺留分の放棄について裁判所の許可をもらうという方法はあり得ます。
財産に手を付けてしまうと相続放棄が認められない
相続人の一定の行為(作為・不作為)があった場合に、法律上、単純承認をしたものとみなされます(民法920条)。これを法定単純承認といい、相続財産の全部又は一部を処分したときなどがあります。
不用意に遺産に手を付けてしまうと取り返しのつかないことになりますので注意が必要です。
もっとも、預金を葬儀費用にあてたなど、常識的に考えてやむを得ないといえる場合には、相続放棄も許されることもありますので、ご自身で判断せずに弁護士へ相談してください。
【形式的に法定単純承認になり得る具体例】
- 預貯金を引き出して利用・自分の口座へ入金した
- 預金を解約して自分名義に変更した
- 被相続人の財産を処分した
- 形見分けや遺品整理として衣類などを他人に譲渡した
相続放棄しても管理義務が残る場合がある
相続放棄をしたとしても、完全に義務から解放されるわけではありません。
民法940条1項で「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」とされており、たとえ、相続放棄をしたとしても、後順位相続人が相続財産の管理を始めるまでは、管理義務を負うことになります。後順位相続人がいない場合には、相続財産管理人が選任されて管理処分権が移るまで管理義務を負うということになるでしょう。
なお、令和5年4月1日からは、この義務は軽減されます。
【参考】改正民法940条1項
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
相続放棄でトラブルにならないためのポイント
相続放棄は、一般的には債務超過の場合に行われます。相続放棄によって、予想していなかった相続人が多額の借金を相続することになるなど、親族間でトラブルになる可能性があります。
他の相続人に相続放棄する旨を伝える
相続放棄をしたことは、他の相続人や後順位相続人に裁判所から通知されることはありません。そこで、思わぬ不利益を与えないよう、相続放棄をしたことは、他の相続人や他に相続人がいない場合には後順位相続人に伝えるようにしておくことをお勧めします。
なお、他の相続人や後順位相続人へ知らせることが法的義務ということではないので、不仲の親族や生死不明の場合にどこまで調査すべきか悩ましい問題ではあります。
相続財産を正確に把握する
相続放棄をする理由で最も多いのが、債務超過の場合です。明らかに債務超過の場合には判断が早いですが、債務がいくらあるか具体的には把握できていない場合も少なくありません。思わぬ財産があることもあります。そこで、財産を把握できていない場合には、債務超過か否かに関わらず相続財産調査をすることをお勧めします。調査によって、想定外の遺産が判明するかもしれません。
相続財産調査 | 財産の種類や調査方法「限定承認」をする選択肢も
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができます(民法922条)。もっとも、相続人全員の同意が必要であるなど、要件が厳しいですし、その後の管理も煩雑な面があるので、あまり利用されていません。
限定承認とは|相続で限定承認を行うメリットとデメリット相続放棄に関するQ&A
相続人の全員が相続放棄したら、借金は誰が払うのでしょうか?
債権者が支払いを受けようと考える場合、利害関係人として相続財産管理人の選任を申し立て、相続財産管理人の管理のもと、遺産から分配を受けることになります。もっとも、保証人がいた場合には、保証人へ保証債務の履行を求めることも可能です。
相続放棄で後悔しないためにも、弁護士に相談することをおすすめします。
相続放棄は、単純な手続きですが、そもそも相続放棄すべきなのかどうか判断が難しい場合が少なくありませんので、相続放棄をしようと思われる場合には一度、専門家へご相談ください。
-
保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)