監修弁護士 今西 眞弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 副所長 弁護士
身近な人が亡くなったとき、悲しみに暮れる方が多いと思います。しかし、残念ながら悲しみに暮れてばかりもいられません。
故人の死後にはやらなければならないことが沢山あるからです。相続手続もその一つです。
相続手続で失敗すると、身近な人の死に加え、さらに追い打ちをくらうことになります。そのような事態は避けたいものです。
本稿では、相続人が借金を引き継ぐことになるのか、借金を引き継がずに済む方法はないのか、その場合どのように対応する必要があるのかなど、相続に際して正しく理解しておく必要がある問題について、いくつか解説していきます。
目次
相続財産には借金も含まれる
相続というと、土地や建物、預貯金を引き継ぐといったイメージがあるかもしれません。
ですが、実際のところ民法には「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」(896条本文)と規定されています。
つまり、相続をすると、土地や建物、預貯金などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も引き継ぐことになるのです。
相続放棄すれば借金は相続しなくてもいい
では、もし被相続人(今回亡くなった人のことです)が多額の借金を抱えていた場合、遺された相続人はどうすればよいのでしょうか。
相続人は、相続放棄という手続をとることができます。相続放棄をした人は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとして扱われます(民法939条)。
相続人とならなかったわけですから、被相続人の借金も相続しなかったことになるわけです。
相続放棄の手続は、家庭裁判所に相続放棄の申述をすることによって行うことができます(938条)。
相続放棄するメリット
相続放棄をすると、その人は、放棄した相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとして扱われます。
つまり、被相続人の財産に属した一切の権利義務を引き継がなかったことになります。相続人とならなかったわけですから、被相続人の借金も相続しなかったことになるわけです。
被相続人が持っていた土地や建物、預貯金などよりも被相続人が負っていた借金の方が多い場合、相続放棄をすれば、被相続人の借金を引き継がなくて済むことになります。
また、相続放棄をすることによって、相続人の誰がどの相続財産を相続するかという話し合い(遺産分割協議といいます。大きく揉めることになることが多いです)にかかわらずに済むという点もあります。
相続放棄するデメリット
他方、相続放棄をすると、当然、プラスの財産を受け取ることもできません。
相続放棄は、プラスの財産もマイナスの財産も一切取得しないという内容のため、プラスの財産だけ相続し、マイナスの財産は相続しないという「良いとこ取り」はできないのです。
また、原則として相続放棄は撤回できません。そのため、仮に相続放棄をした後に被相続人に多額のプラスの財産があることが判明しても、プラスの財産を相続することはできなくなります。
このような事態を避けるためにも、相続財産の調査はしっかりと行いましょう。
ほかの相続人とトラブルになる可能性がある
相続放棄をすると、他の相続人や次順位の相続人に相続権が移ることになります。
例えば、被相続人の子が相続放棄をすれば、相続放棄した人の兄弟姉妹の相続分が増えますし、被相続人の子全員が相続放棄をすれば、被相続人の両親(相続放棄した人の祖父母に該当するでしょう)が相続人になります。
相続放棄をする時には、被相続人が生前に借金等のマイナスの財産を抱えていたなど、被相続人の財産に何らかの問題がある場合が多いはずです。
これらの事情を他の相続人や次順位の相続人が知らずに相続した結果、トラブルになる可能性があります。
このようなトラブルを避けるため、他の相続人及び相続人になることが予想される人に対しては、相続放棄をしたこと及びその理由となる事情を説明しておいた方がよいでしょう。
限定承認という方法もある
多くの相続案件では、相続人は単純相続(プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続する)か相続放棄(プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しない)のいずれかを選択します。
他方、相続によって得たプラスの財産の限度においてのみ、マイナスの財産も負担することを示して相続する、限定承認という手続も存在します(民法922条)。
限定承認をすると、プラスの財産の合計額がマイナスの財産の合計額を上回っていればその分のプラスの財産が相続人の手元に残る一方、マイナスの財産の合計額がプラスの財産の合計額を上回っていたとしても、相続人はその分のマイナスの財産を負担する必要はありません。
こう書くと限定承認は使い勝手がよさそうですが、手続が煩雑で負担も大きいことから、ほとんど利用されていないのが実情です。
限定承認ならトラブルを回避しやすい
限定承認は、相続によって得たプラスの財産の限度でマイナスの財産も引き継ぐ制度ですので、マイナスの財産がいくらあるか分からない場合でも過度な債務を負わされることはないという点で、相続人にとってリスクの少ない制度と言えます。
また、限定承認は相続人全員で行う必要があるので、限定承認後に改めて相続人間で揉め事になることは少ないと考えられます。
このように、手続の煩雑さというデメリットはありますが、事案によっては限定承認が有効な場合がありますので、迷った場合は弁護士に相談するのがおすすめです。
相続放棄・限定承認には期限がある
相続放棄や限定承認は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内の期間に、家庭裁判所に申述して行わなければなりません(民法915条1項、924条、938条)。
この期間を熟慮期間といい、相続人は、この間に被相続人の財産を調査して、単純相続をするのか、相続放棄をするのか、それとも限定承認をするのかを選択しなければなりません。熟慮期間中に相続放棄や限定承認をしなかった場合、単純相続をしたものとして扱われます(民法921条2号)。
また、財産関係が複雑な場合などは、ごく稀にですが、家庭裁判所へ請求することにより熟慮期間を延長することができます(民法915条1項ただし書)。
債権者から取り立てを受けた場合の対応は?
債権者から取り立てを受ける場面として想定されるのは、大まかに分けて①熟慮期間中、②単純承認後、③相続放棄後の3つです。
①熟慮期間中は、相続放棄を含め検討中であることを伝えましょう。そこで単純承認か相続放棄するかを決めた後、下記の対応に進むことになります。
②単純承認後は、取り立てを受けた債権が実在するならば、法定相続分に応じて支払いをする必要があります。
③相続放棄後は、相続放棄をしたことを債権者に伝えれば、債権者に支払いをする必要はなくなります。その際は、裁判所から交付された相続放棄受理通知書のコピーを債権者に送付するとよいでしょう。
相続財産から借金を返済してしまうと相続放棄ができなくなる
相続人が相続財産の全部または一部を処分すると、単純承認したものとみなされてしまいます(921条1号)。
単純承認も、相続放棄と同様、撤回することはできません(919条1項)。 相続財産から借金を一部でも返済することは、相続財産の処分にあたりますから、相続を承認したものとみなされてしまう可能性があります。
相続放棄を検討している場合には、相続財産には手をつけないようにしましょう。
借金の相続に関するQ&A
法定相続人全員が相続放棄した場合、借金はどうなりますか?
相続人全員が相続放棄をした場合、遺言や遺贈や特別縁故者も不在であれば、プラスの相続財産は、国庫に帰属することになります。
相続財産に借金が含まれる場合、債権者など利害関係人からの選任申立てによって選任された相続財産清算人が、プラスの財産から借金を返済し、残ったプラスの財産を国庫に引き継ぐことになります。
相続放棄する前に借金があるか調べる方法はありますか?
クレジットカード、カードローンなどの消費者向けローンについては、JICC、CIC、KSC等の信用情報機関への情報開示請求による借金の把握が可能です。
信用情報機関とは、個人のローンやクレジットの利用履歴を登録している機関です。相続人であれば、被相続人の信用情報を取得できるため、同機関に開示の申請をすることが考えられます。
ただし、全ての債務をもれなく調査する方法はなく、個人からの借入金等については、被相続人の自宅に届く請求書等から調査するしかありません。
被相続人が自身に何かあった時のために預貯金や借金といった財産状況をノートなどにまとめてくれていれば理想的ですが、現実的にはそのようなケースは多くないでしょう。
借金があることを知らず、相続放棄の期限が過ぎてしまったのですが、相続するしかないのでしょうか?
熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時」、すなわち①被相続人が亡くなった事実と、 ②自分が相続人である事実を知った時から3か月以内に行わなければならないため、この期限を経過すると原則として相続放棄することはできなくなります。
ただし、裁判例は、例外として、相続財産が全く存在しないと信じ、かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時を熟慮期間の起算点とするのが相当であると判断しています。
したがって、被相続人から相続財産や借金がないと知らされていた場合などでは、借金の存在を知ってから3か月以内に申述すれば、相続放棄が認められる可能性がありますから、諦めずに弁護士に相談することをお勧めします。
相続後に借金が発覚したのですが、相続放棄はできますか?
一旦相続をしてしまえば、相続の開始があったことを知った時から3か月以内であっても、相続を撤回することは原則として認められておらず、改めて相続放棄を選択することはできません。例外的な取消自由も存在しますが、これが認められるのは非常に稀です。
したがって、基本的に相続放棄することはできませんが、諦めずに弁護士に相談することをお勧めします。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
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相続の手続自体は自分で行うことも可能ですが、上記の通り、相続手続には様々な選択肢があり、それぞれにメリット・デメリットがあります。
また、それらの選択肢からどれを選ぶかを判断するためには色々な事項を調査する必要がありますが、その調査も大変です。
そのうえ、相続手続そのものも複雑ですし、基本的に後から選択肢を変更することはできません。まとめると、相続手続は複雑なうえ、間違った選択をすると取り返しがつかなくなりうるものと言えるでしょう。
弁護士であれば、相続手続をスムーズに行うことができ、取り返しのつかない損害の発生を防ぐことができます。
お困りの際にはお気軽にご相談ください。相続放棄には期限がありますので、迷ったときには早急なご相談をお勧めします。
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保有資格弁護士(福岡県弁護士会所属・登録番号:47535)